CULTURE
USA Vol.03

現代USファッションのベースを作った アイビーとはいったい何だったのか?

アイビーをストリートスタイルと呼んでいいのかどうかは、微妙なところだ。ストリートスタイルは主に、社会の中で不満をためこんだ不良分子によって生み出されたものであり、良識ある大人から見ると奇抜で面妖な服装である。それに対し、アイビーはこれから社会の中枢を担うエリート集団による、常識的で品のあるスタイルだからだ。

よく知られているようにアイビーとは、アメリカ東部のアメリカンフットボールリーグに所属する、八つの名門私立大学【ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学】の学生から発信され、1950年代から60年代にかけて大きな流行となったスタイル。ブームとなった後も廃れることなく、現代に至るまでファッション界の一大勢力であり続けるとともに、その後のストリートスタイルに与えた影響も計り知れない。

ストリートスタイルの変遷を詳細に解説した『ストリート・トラッド〜メンズファッションは温故知新』の著者であり、雑誌『smart』の元編集長・佐藤誠二朗氏が、アイビーを中心とするUSAストリートスタイルの系譜を紐解く。

“反抗する若者”とは距離を置いた
アイビーリーグのエリート。

1950年代のアメリカ各地では、若者の若者による若者のための風俗が花盛りだった。50年代前半の南カリフォルニアでは、第二次世界大戦からの帰還兵を中心に、ライダースジャケットを羽織ったバイカーズという集団が発生。50年代後半になると同じ南カリフォルニアの沿岸部で、アロハシャツにショートパンツを合わせ、ロングボードを小脇に抱えたサーファーが登場する。同じ頃アメリカ南部では、R&Bとヒルビリーを融合した新しい音楽、ロックンロールが人気を集め、エルヴィス・プレスリーという大スターが出現したことから、大ぶりで派手なスーツでキメるロカビリースタイルが流行っていた。

ニューヨークをはじめとする都会では、思想含みのカルチャーの信奉者であるビートジェネレーションが増殖し、既存の社会の規範にとらわれたファッション自体を否定した。全米の一般大衆レベルでは、青春のシンボルとも呼ばれる映画スター、ジェームス・ディーンの登場で、ブルーデニムやTシャツ、赤いスウィングトップ、マドラスチェック柄のオープンカラーシャツやボーリングシャツといったファッションが主流になり、後に “フィフティーズファッション”と大きく括られることになる。

スィングトップの代名詞〈McGREGOR マクレガー〉

しかしこれらはいずれも、大人になりたくない、あるいは大人の作った薄汚い社会をぶっ潰したいと考える、反抗的な若者のスタイル。裕福な家庭に生まれて何不自由なく育ち、親の望み通り超一流大学に進学したアイビーリーグのエリート学生は、自分たちにふさわしい服装とは思っていなかったことだろう。そんな個々の小さな思いが、新しいカルチャー、ファッションを生み出した。それがアイビーである。

アイビーといえば、まずスーツに言及しなければならない。“アイビーリーグモデル”として知られるスーツは、アメリカの老舗紳士服ブランドである〈Brooks Brothers ブルックス ブラザーズ〉が1918年に完成させた「No.1サックスーツ」と呼ばれるものが原型となっている。ジャケットはナチュラルショルダーで寸胴のボックス型シルエット、スラックスは煙突のように上から下まで同じ太さのパイプドステムという形である。

このクラシカルなスーツにボタンダウンシャツ、レジメンタルストライプのネクタイを合わせるスタイルが1950年頃から流行りはじめ、“アメリカントラディショナル”と呼ばれるようになる。当時人気を博していたハーバード大学出身の上院議員、ジョン・F・ケネディがいつもこうした格好をしていたことからも流行は拡大。やがてアイビーリーグの学生やOB、教授たちの間に広まると、アイビーの象徴的なスタイル=アイビールックと認知されるようになっていく。

Kennedy, John F. – Politiker, USA/ mit Ehefrau Jacqueline in Washington1953 (Photo by ullstein bild via Getty Images)
スーツを着たジョン・F・ケネディ(右)と妻のジャクリーン(左)

学生たちが“アイビー風”と
見なしたアイテムとは。

アイビールックはアメリカの正統派スタイルで、社会への順応とエリート趣味を具現化したような服装だが、もちろん、学生たちが普段からこうしたスーツを着ていたわけではない。日曜日の礼拝や、学校の特別な行事でドレスアップするための一張羅として、クローゼットの中に大切にしまわれていた。そして普段の学生生活では、思い思いのカジュアルな服装を楽しんでいたのだ。ただし、蔦(アイビー)の絡まる荘厳な学舎で、最高ランクの教育を受けるエリート学生という誇りは高く、自分たちの名誉を傷つけないよう、普段からこざっぱりとした服装をしていたことは言うまでもない。

象徴的なアイビーカジュアルは、通う大学の校章やロゴがあしらわれたアイテムだ。カーディガンやスウェット、セーター、Tシャツ、スウィングトップなど、その種類は多岐にわたる。学内の売店で簡単に手に入れられるそうした服は、アイビーリーガーの最重要ワードローブとなっていた。スウェットは〈Champion チャンピオン〉のものが人気。1924年にまずミシガン大学のスポーツ部に採用され、1934年に名作の「リバースウィーブ」が登場して以降、チャンピオンのスウェットはアメリカ中のどこの大学でも販売される定番になっていたのだ。

スクールロゴ入りの〈チャンピオン〉の「リバースウィーブ」

夏場はショートパンツやTシャツ、ポロシャツ、冬場はツイードジャケットやダッフルコートなども人気があった。セーターは丸首もVネックも好まれ、柄は無地かアーガイルが主流だった。デートやちょっといい店に行く時などは、紺のブレザーを使って軽くドレスアップ。ノーネクタイのオックスフォード生地ボタンダウンシャツの上にカーディガンやセーターを重ね、段返り三つボタンのブレザーを羽織り、コットンパンツを合わせる。足元は、ブレザーの時はウィングチップ。それ以外の時はコイン(ペニー)ローファー、デッキシューズ、それにバスケットシューズやテニスシューズなどのスニーカーも人気があった。

ボタンダウンシャツは、アイビーを象徴するアイテムのひとつ。「ポロカラーシャツ」という商品名で販売される、ブルックス ブラザーズのものがもっとも有名だ。そもそもボタンダウンシャツとは、1896年にブルックス ブラザーズの創業者の孫で当時の社長、ジョン・E・ブルックスが考案したものなのである。英国で観戦したポロ競技の選手の、風ではためかないようにボタンで固定されたシャツの襟をヒントにしたという逸話が残されている。

ボタンダウンシャツともいわれる〈ブルックスブラザーズ〉の「ポロカラーシャツ」
襟先のボタンが襟のバタつきを防ぐ

アイビーカジュアルのバリエーションはあまりにも多岐にわたり、とてもここにすべてを書ききれるものではない。どちらかというとアイビーファッションというのは消去法で成り立っていて、あらゆるカジュアル衣料の中から「これはアイビー的ではない」と除外されたもの以外は学生流にうまく着こなされ、アイビーアイテムとして認知されていった。アイビーの着こなしでもっとも重要とされたのはTPOで、その場にふさわしくないような奇抜な服装はNGとされた。

ゴルフやテニス、乗馬、ヨットなど上流階級が好むスポーツのためのウェアや、ハンティング、フィッシング、キャンプ、登山など、欧州の貴族も好むアウトドア由来のウェアは、日常着として積極的に取り入れられた。いずれにしても活発で清々しく、無骨ながらも清潔な雰囲気を保ったスタイル。それがアイビーである。

アイビーのバンカラ的要素と
英国の大学への憧れ。

一方、アイビーリーガーたちの中には、洗いざらして襟や袖が擦り切れたシャツや、乾燥機にかけすぎて八分丈に縮んでしまったパンツを、無頓着を装ってあえて着続けるのがかっこいいと言う気風も生まれた。中身に十分自信がある者たちによる、「見た目など関係ないんだ」という一種のポーズである。日本にアイビーファッションを浸透させた第一人者、〈VAN ヴァン〉の創業者である石津謙介は、これを日本の旧制高校に見られた、弊衣破帽を好む“バンカラ”と同義であるとみなした。

また、もうひとつ別の見方もできる。同時期にニューヨークのグリニッチ・ビレッジやカリフォルニアのバークレーで盛り上がっていた、前述のビートジェネレーションの思想に共鳴していたと考えられるのだ。

ビートの思想を生み出し、若者たちから熱く支持されていた三大作家のうち、ジャック・ケルアックとアレン・ギンズバーグはコロンビア大学、ウィリアム・バロウズはハーバード大学の出身(ジャック・ケルアックは中退)。つまりビート思想を生み出した文学は、アイビーリーグのエリート的な精神から生まれたものでもあったのだ。小ぎれいで隙がないように見えながら、一方で、“服にこだわるなんて馬鹿げている”というスカしたポーズもとって見せるバンカラなアイビーは、潜在的にビート思想の影響を受けていたとも考えられる所以だ。(→関連する記事は、こちら

ところで、アイビーカジュアルファッション、中でもブレザースタイルには元ネタがあるのをご存知だろうか。1920年代から30年代にかけて、イギリスの名門・オックスフォード大学で流行した、“オックスフォードバッグススタイル”というものである。

12世紀に誕生したイギリス最古の大学であるオックスフォード大学は、アイビーリーグと同じく、超エリート輩出校。歴史と格式で言えば、オックスフォードが世界の頂点にある大学と言えるだろう。ゆえに、オックスフォード大には昔から様々なドレスコードが存在した。

1920年代前半、同大学では当時の若者の間で流行っていたスポーツ用の短ズボン、ニッカボッカーズの着用が禁止されていた。だが、流行の服を着たいと望んだ学生たちは、密かに穿いたニッカボッカーズを覆い隠すように、極端に幅広で股上が深く、ヒップから裾がストレートになったズボンを穿いた。そのズボンはオックスフォードバッグスと呼ばれ、現在でもバギーパンツの一種として知られている。

オックスフォードバッグススタイルの学生たち

学生たちはオックスフォードバッグスに、ボタンダウンシャツ、スクールカラーのレジメンタルタイ、そして級友と揃いであつらえたブレザーを合わせた。大学が定めたドレスコードに適合するコーディネートである。寒い時期はシャツとブレザーの間に、チルデンセーターやアーガイルセーターをレイヤード。カジュアルに着崩されているものの、規律と気品を保ったこうしたブレザースタイルを、1950年代のアイビーリーガーは模倣した。つまりアイビースタイルは、名門・オックスフォード大学への憧れがバックボーンだったのだ。

学校の規則をギリギリで守りつつ頭をひねり、いかに着崩していくかを考えたスタイルも含むのだとしたら、アイビーもまた、不良カルチャーであるストリートスタイルの一種であると考えていいのかもしれない。

世界各国へと飛び火し
独自の解釈で花開いたアイビー。

1950年代後期に当地では最盛期を迎えたアイビースタイルは、アメリカ国内にとどまらず、世界中の若者を虜にしていく。日本では、前出のVAN創業者・石津謙介を中心とするクルーが、雑誌や写真集などの出版メディアを駆使して積極的に紹介。1960年代前半には“みゆき族”と呼ばれる日本流アイビースタイル集団が登場する。

『TAKE IVY』『TAKE IVY』石津謙介、くろすとしゆき、長谷川元/著 林田昭慶/撮影 1965年に婦人画報社から発売されたアイビーのバイブル。2006年には復刻版が発刊され、2010年にはアメリカのPOWERHOUSE BOOKSが英語版を発売。

アイビーの派生形として、プレッピーというスタイルも注目される。プレッピーは、アイビーリーグに代表される一流大学への進学コースにあるプレパラトリースクール(=名門私立高校)出身者のようなスタイル。アイビーよりもさらにカジュアルに着くずしながら、やはり上品でトラディショナルな雰囲気が醸し出される。正確にいうとプレッピースタイルはアイビーの流行と同時に成立しているのだが、ひとつの系統としてのスタイルと捉えられるようになったのは、1980年代に入ってからだ。

アイビーに輪をかけて、プレッピースタイルもバリエーションにあふれていた。基本的にアイビーに若々しさをプラスし、よりカジュアルダウンしたスタイルだ。使われるアイテムも共通のものが多い。チノパンやジーンズ、スニーカー、〈トップサイダー〉のデッキシューズ、コインローファー、〈L.L.Bean エルエルビーン〉のガムシュー、ストライプリボンのリングベルト、フード付きのスウェット、ナイロンのコーチジャケットやマウンテンパーカ、〈LACOSTEラコステ〉のポロシャツ、クレイジーマドラスチェックのボタンダウンシャツなど、スポーティでカジュアルなアイテムを多用するのが特徴だ。そして最重要ブランドは、何と言っても〈Polo Ralph Lauren ポロ・ラルフローレン〉である。

あまりにも有名な〈ポロ・ラルフ・ローレン〉のロゴマーク

アイビー、プレッピーのスタイルには欠かせないレタード風カーディガン。写真は〈ポロ・ラルフ・ローレン〉のアイテム。

その後のUSストリートスタイルの奥に
見え隠れするアイビーの残影。

この辺りまでがアイビー直系のスタイルだが、その前後から現代まで続く様々なUSAストリートスタイルには、アイビーおよびプレッピーの影響を受けているものが数多くある。というよりも、アイビー成立以降のすべてのUSストリートスタイルは、多かれ少なかれ、何らかの形でアイビーから影響を受けていると見た方がいいのかもしれない。

1970年代に登場して1980年代に一世を風靡、以降も若者のストリートスタイルの代表格になったスケーターやBボーイ。1990年代前半に、ニルヴァーナのカート・コバーンの登場で一躍世界的な流行となったグランジスタイル。1990年代中頃から後半に爆発的な流行となったメロコアスタイル。そして2000年代中頃から現代まで続いているヒップスターなどのスタイルには、いずれもアイビーを源流とする青臭いような着こなしが見られるのだ。

ストリートスタイルとは違う文脈の中から誕生したものでありながら、アイビーは逆に、年代を追うごとにストリートの“アンチファッション”の中に取り入れられていった。品のある常識的なお坊ちゃんスタイルを、街の不良が着ることによって醸し出される違和感が、反抗のポーズにつながったという見方もできるだろう。

エリート校の学生というごく限られた層のためのスタイルからはじまり、時代・地域・ジャンルを超えた普遍的なファッションへと昇華していったアイビー。癖がなく、どんな人でそれなりにもうまく着こなせることから、おしゃれに興味を持ち始めたファッション初心者が、まずチャレンジするスタイルとしてもうってつけだ。

すでに誕生から半世紀以上が経過したスタイルであるにも関わらず、現代流にマイナーチェンジされながら最新アイテムが数多く出回っていることも、このスタイルの魅力のひとつとなっている。

Text by Seijiro Sato

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