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再注⽬〈NIKE ACG〉は、やっぱり90年代デザインが最⾼【フットウェア前編】 エアマグマ、エアモワブ、エアマーダほか

「名作アウトドアスニーカーたちが麓まで降りてきた」。起源やスタイル、名作ウェアに触れた前回のラストでそう予告したとおり、〈NIKE ACG ナイキ エーシージー〉のフットウェアがいよいよ姿を現す。

ACGのフットウェアの物語は、ナイキの長距離ランニングシューズ「LDV」を履いた2人の登山家が、世界第2位の標高を誇る難峰「K2」にアタックしたことが起源。この1978年の出来事を起点に、11年の歳月を経てACGが誕生し、今も語り継がれる名作を次々と世に送り出していった。

全3回にわたって踏破するACGのヒストリーの第2回。ここからは「フットウェア編 前編・後編」として、ACGがシーンに叩きつけたマスターピースを追究していこう。今回は80年代後半から90年代中盤までにリリースされたプロダクト群にフォーカスする。

ティンカー・ハットフィールド、
セルジオ・ロザーノ…。
ナイキを牽引した
錚々たる顔ぶれがACGに集結

フットウェアを紐解く前に、まずはACGを生み出してきた男たちにスポットライトを当てておきたい。ナイキを代表する錚々たるクリエイターがACGのシューズプロダクトに参加していたからだ。

「AIR JORDAN 3 エア ジョーダン3」をはじめ数々のエアジョーダンを手掛けたティンカー・ハットフィールド。空前のスニーカーブームを巻き起こした「AIR MAX 95 エア マックス95」の生みの親、セルジオ・ロザーノ。スニーカーカルチャーに触れたことがある者なら、名前を耳にしたことがあるであろう彼らの持つ類まれな感性が誕生間もないACGに注がれていた。

さらに、後にナイキのCEOへと登り詰めるマーク・パーカーも、ACG以前の1984年発売に「ESCAPE エスケープ」を生み出すなど、アウトドアシューズの礎を築くことに貢献している。豪華絢爛な顔ぶれを知れば、当時のナイキが本気でアウトドア分野の頂を目指していたことが窺い知れる。

もうひとつ、シューズボックスにも触れたい。

ACGのシューズは、ナイキのレギュラーボックスに収められていた時期も、ACG専用のボックスだった時代もある。ACG専用で代表的なのがクラフトカラーを用いたデザインだ。写真は近年の復刻モデルで使われているものだが、このクラフトカラー×ブラックの配色は、すでに90年代のACGで確立されていた。当時はサイドに大自然を思わせるグラフィックが落とし込まれるなど、現在以上にデザインコンシャスな佇まいだった。

もし90年代のACGに箱付きで出会う機会があれば、その意匠もぜひチェックしてみてほしい。たかが箱、されど箱だが、90年代という時代の熱を帯びた空気感は、箱を開けずとも伝わってくるはずだ。
前置きはこのくらいにしておこう。90年代ACGの名作フットウェア、開封の儀を始めるとする。

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〈NIKE〉
オールドデザインの名作 1988
AIR MAGMA エア マグマ」
ナイキアウトドアの始祖を継ぐ、
ACG前夜の旗手

ACGのローンチは1989年。K2でのアタックから11年もの歳月を要している。だが、その間は空白期間ではない。ナイキは“山岳系”の原点として、のちのACGへと直結する名作アウトドアシューズを世に送り出していた。

1981年に登場した「Lava Dome ラバドーム」「APPROACH アプローチ」「MAGMA マグマ」がその代表格だ。

そのひとつ、マグマのDNAは、ACG誕生の前夜に後継モデル「AIR MAGMA エア マグマ」へと受け継がれる。

1988年に発売された、エア搭載トレッキングシューズの先駆け「AIR MAGMA エア マグマ」。

80年代中盤から後半のナイキは、ランニングやバスケットボールで覇権を握ろうとしていた時代。「AIR FORCE1 エア フォース1」「AIR JORDAN1 エア ジョーダン1」「AIR MAX1 エア マックス1」など、「AIR エア」を搭載した革新的なモデルを次々と世に放ち、来たる90年代の大ブームへ向けて加速を始めていた。その潮流はアウトドアシーンにも影響を与え、エア搭載のトレッキングシューズとしてエア マグマがフィールドに投入されたのだ。

公式な裏付けまでは確認できなかったが、エア マグマは、エア搭載のトレッキングシューズとしては、最初期のモデルである可能性が高い。軽量設計でありながらタフな作り、そしてエア搭載による優秀なクッション性。 ACGのスタンダードとも言える高機能の連峰を、ACG以前に表現したのがエア マグマだったのだ。

上段3つのアイレットは「スピードフック」と呼ばれ、過酷な環境下でも、容易な着脱をサポートする。

ルックスは親譲り。マグマの特徴だった温かみのあるスエードアッパーを受け継ぎ、クラシックなアウトドアのムードを醸し出す。それでいて、いわゆる登山靴のようなゴツゴツとした感じがなく、丸みを帯びていて無駄を削ぎ落としたシンプルで洗練された雰囲気。そして視線を奪う赤いシューレース。このコントラストが、デザインのスパイスとして効いている。

余談だが、赤いシューレースはマグマ特有のものではない。視界の悪い過酷な環境下でも足元を視認できるよう、安全対策として古くからアウトドアギアに取り入れられてきたディテールだ。ナイキ独自の発想ではないにせよ、その伝統を見事にデザインへと昇華させたと言えるだろう。

スウッシュは後⽅にさりげなく型押しで配置。丸みを帯びたトゥにはガードを備え、反り上がる形状をしている。

ACG始動の前年に、アウトドアシューズ新時代の夜明けを告げる旗手役を務めたエア マグマ。2000年代に入ると、今度はファッションアイテムとしての熱を高めていく。

誕生20周年の節目となる2008年に「AIR MAGMA VINTAGE エア マグマ ヴィンテージ」がリリースされたのを皮切りに、多彩なマテリアルとカラーリングでアレンジモデルが続々と登場。その中でも特にシーンが熱く燃えたのは、2011年の藤原ヒロシ氏率いる〈fragment design フラグメントデザイン〉とのコラボだろう。黒レザー仕様のエア マグマは、HF信者、スニーカーヘッズたちの熱狂を呼んだ。

トレッキングシューズの進化により、本格的なアウトドアシーンでの役割は既に終えたかも知れない。だが、活躍の場をアスファルトに移し、アウトドアスタイルを構築するうえで欠かせない1足として、エア マグマは今も熱を放っている。

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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作 1989
「AIR WILDWOOD
エアワイルドウッド」
その名をシーンに知らしめた
ACGのファーストアタック

1989年、ACGはついにシーンを駆け抜け始める。その記念すべき第一歩を飾った1足が「AIR WILDWOOD エア ワイルドウッド」だ。トレイルランニングシューズの先駆けにして、ACGのデビュー作にふさわしい傑作である。

ACG黎明期を代表するトレイルシューズ「AIR WILDWOOD エア ワイルドウッド」。

ナイキは1984年発売に初のトレイルランニングシューズ「ESCAPE エスケープ」を、1988年に全天候型ランニングシューズ「AIR PEGASUS ACG エア ペガサス ACG」をリリースする。エア ワイルドウッドは、この2モデルの系譜を受け継ぎ、ブラッシュアップさせたモデルだ。

エスケープは耐久性を高めたアッパーとトレイル仕様のソールでトレイルランニングの扉を開いた1足。エア ペガサス ACGは「突然のゲリラ豪雨でもランニングを止める必要はない」とでも言うような全天候型のタフネスを備えていた。エア ワイルドウッドは、この2モデルのDNAを土台に、より明確にトレイルランニング仕様へとアップデートされている。

その証拠に、のこぎり状に刻まれたワッフルアウトソールは、悪路でも力強く大地を掴む高いグリップ力を発揮。また、アッパーにも工夫が凝らされており、シンセティックレザーには細かな通気孔が無数に開けられ、シューホールの配置はあえて微妙なジグザグを描くことで、フィッティングを細かく調整できるようになっている。

2019年発売のカラー。ブラックやグレーを基調としながら蛍光グリーンやパープルの差し⾊が映える。

エア ワイルドウッドは、絶妙なカラーも見逃せない。1989年に発売されたオリジナルは、グレーのレザーにレッドとイエローを効かせた配色。歴代の復刻モデルにおいてもオリジナルを踏襲したカラーパレットが採用されることが多い。今回紹介している個体は、誕生30周年のアニバーサリーイヤーである2019年に復刻されたもので、この年に展開されたラインナップには、オリジナルを強く意識した配色のモデルも含まれていた。

そして、シュータン、ミッドソール、アウトソールには、ACGのロゴ。始動と同時にリリースされたプロダクトゆえに、初めてACGのエンブレムを堂々とまとったシューズのひとつということになる。どうやらオリジナルのエア ワイルドウッドは、ミッドソールのACGロゴが剥がれやすかったらしい。ロゴは剥がれてもシーンから滑落することはなかった。

そんなエア ワイルドウッドだが、30周年の復刻を最後に無風が続いている。気が早いのは百も承知だが、ACGの登攀記録の幕開けを告げたこのデビュー作のことだ。2029年、40周年という大きな節目を迎える時には、再び激しい風を吹き荒らしてくれるに違いない。

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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作 1991
「AIR MOWABB エアモワブ」
最高傑作と称えられる
クロストレーニングシューズ

続いて紹介するのは「AIR MOWABB エア モワブ」。ACGには語り継がれる名作シューズが数多く存在するが、そのなかでもアメリカのメディアで歴代No.1の栄誉に輝いたことすらある、ACG――いや、ナイキを代表するクロストレーニングシューズだ。

当時のナイキが持つ最新テクノロジーを惜しみなく注ぎ込み、1991年にリリースされた「AIR MOWABB エア モワブ」。

エア モワブが最高傑作と称えられる所以は2つある。

ひとつは、クロストレーニングシューズとしての圧倒的な機能性。クロスカントリー、マウンテンバイク、ロッククライミング…。本来であれば、それぞれに専用シューズが必要となる。ところがエア モワブは、たった1足でそのすべてを高い次元でこなすことができる。
その中核を担うのが「ハラチフィットシステム」だ。同年の1991年に発売された「AIR HUARACHE エア ハラチ」で初搭載されたこのシステムは、伸縮性に優れたネオプレン素材を用い、シュータンとアッパーを一体化させたインナーブーティー構造。快適なフィット感を生み出すと同時に、トレイルにつきものの砂や小石の侵入を完璧にシャットアウトしてくれる。

独創的な機能はこれだけではない。一般的なランニングシューズに見られる硬いヒールカウンターをあえて取り除き、柔軟なラバーストラップでかかとを固定したのだ。この独自構造で足とシューズの一体感が向上。そこにエア搭載による抜群のクッショニングが加わる。まさに機能の塊だ。
そして、もうひとつの所以がデザイン性である。前述した数々のギアとしての機能が、ファッションのアクセントとして成立しているのだ。足首を包み込むハラチフィットシステムも、ヒールを支えるラバーストラップも、この最高傑作を象徴するデザインになっている。ミッドソールに散る「スペックルパターン」(斑点模様)も忘れてはならない。

カラーリングも巧みだ。今回紹介しているのは、オリジナルでリリースされたカラーの中でも人気の高いベージュ×ブルー×オレンジ。正式名称をRattan Birch(ラタン・バーチ)と呼ぶこのカラーは、ナイキの他モデルはもちろん、他のファッションブランドにもサンプリングされている。「モワブカラー」と言えば、この配色が通じてしまうほどだ。
エポックメイキングな一足を生み出したのは、ティンカー・ハットフィールド。数々の名作を世に放ってきた天才だからこそ、圧倒的な機能性と抜群のデザイン性の完璧な融合を成し得たのだろう。

ラバーストラップには「NIKE AIR」のロゴ。スペックルパターンは河川を泳ぐニジマスから着想を得たという説がある。

1991年のオリジナルリリース時には、Rattan Birchのほかに、ブラウンを基調としたTrail End Brown(トレイル・エンド・ブラウン)、ベージュとグリーンを合わせたTwine(トゥワイン)などが存在した。どのカラーも人気で、復刻されると今も大きな話題となる。2026年は誕生35周年の節目。果たしてオリジナルの復刻はあるのか、それとも40周年までお預けになるのだろうか。

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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作 1992
「AIR REVADERCHI
エア リバデルチ」
「お先に失礼!!」。
シーンの1歩先を駆け抜けた
玄人受けの後継機

最高傑作と謳われたエア モワブの系譜を継ぎ、翌年にシーンへと投下されたのが「AIR REVADERCHI エア リバデルチ」だ。

まずはその風変わりな名前から触れておきたい。リバデルチとは、イタリア語で「さようなら」「またね」を意味するarrivederci(アリーヴェデルチ)をもじった造語。旧式のアウトドアシューズたちに向かって「お先に失礼」と颯爽と別れを告げ、一歩先のフィールドへ駆け出していくような先進性への気概が、この一語に込められているそうだ。

エア モワブの流れを受け継いだ先進的な構造設計で玄人を唸らせた「AIR REVADERCHI エア リバデルチ」。

このネーミングを考案し、デザインを手掛けたのはACG発足メンバーの一人であるスティーブ・マクドナルド。エア リバデルチは彼の名付けに違わず、リバデルチは一歩先へ行くための装備をしっかりと備えている。

アッパーはシンセティックレザーとメッシュを組み合わせた軽量ボディ。だが、ただ軽いだけのヤワなシューズでは断じてない。岩場から爪先を保護するトゥキャップや、マウンテンバイクシューズから着想を得たグリッピーなラバーソールなど、トレイルランやマウンテンバイクまで、あらゆるフィールドを走破できる実用的なディテールが詰まっている。

そして、極上の履き心地を担保するのは、エア モワブから継承したハラチフィットシステム。吸い付くようなフィット感と異物の侵入を防ぐ保護性。先代譲りのこの機構が、リバデルチを力強く支えている。

⼟踏まず部分にはモデル名が刻まれたプラパーツ。わざわざ別パーツで切り替えている非常にマニアックな意匠。

エア リバデルチの実力は玄人筋がいち早く認めている。北米の権威あるアウトドア誌「スノー・カントリー」の特集では「クロス・スポーツ部門」のベストシューズに選出。専門家たちから、確かな評価を勝ち取った。さらにグランド・プーバやモブ・ディープといったHIPHOPカルチャーの最前線にいるラッパーたちは、いち早く足元にリバデルチを合わせ、その真の価値をストリートで証明してみせた。

日本においてもその熱量は同じだ。〈SOPHNET. ソフネット〉がエア リバデルチのコラボモデルを発売したほか、〈UNDERCOVER アンダーカバー〉は、本作のアイコニックな意匠を、「AIR FORCE1 エア フォース 1」に融合させたハイブリッドモデルを発表。世界のクリエイターを中心に、先を行っている人にはわかるアイテムだったのかもしれない。

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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作 1992
「AIR DESCHUTZ エアデシューツ」
シーンに風穴を開けた
ナイキ初のスポーツサンダル

ここらで足元に風を通そう。続いてはサンダルだ。クロストレーニングサンダルの先駆けとも言える存在で、1992年にナイキ初のスポーツサンダルとして世に放たれた「AIR DESCHUTZ エア デシューツ」を紹介する。

モデル名の由来となったのは、ナイキ本社を擁するオレゴン州の大自然を流れるデシューツ川。その名が示す通り、水辺でのハードなアクティビティにも対応する水陸両用ギアとしてエア デシューツが開発された。

手掛けたのは、前項のリバデルチに続いて登場のスティーブ・マクドナルド。彼が関わったプロダクトは、ネーミングのルーツから紐解いていくのが面白い。

1992年に発売された「AIR DESCHUTZ エア デシューツ」。90s感溢れるアウトソールのデザインが象徴的。

エア デシューツの最大の武器は調整可能なストラップ。ガッチリ足をホールドできるので安定性が高く、それでいて調整したいときには片手でサッと操作できる。速乾性にも優れるため、細かいことなど気にせず、履いたまま水へザブザブ入っても構わない。足元にはエア搭載のソールが控え、クッション性も文句なし。サンダルという身軽な姿でありながら、充実した武装ぶり。

クロストレーニング、水辺でのレジャー、野外フェス、夏のストリートまで、あらゆる局面で頼れる存在。ACGの名に恥じないASS(ALL SITUATION SANDAL)だ。

⾜元のフィット感を⾼める調整式のストラップ構造。サイドに”三つ目”ロゴ、ヒールにナイキのロゴが入る。

 

今でこそ、スポーツブランドやアウトドアブランドも、毎夏当たり前のようにスポーツサンダルをリリースする。夏に街へ出れば、ものの1分で着用者を見つけられるほど、定着しているアイテムだ。

ところが、エア デシューツが登場した1992年当時の景色は違ったようだ。80年代に〈Teva テバ〉が初めてこのジャンルを切り拓いたものの、90年代に入ってもなお市場はテバの一強状態。スポーツサンダルというマーケット自体が、ごく小さな“水たまり”に過ぎなかったのだ。エア デシューツの誕生は、その小さな水たまりが“大河”へと育っていく、最初のひと雫だったのかもしれない。

正確な販売期間は定かではないが、デザイナーのマクドナルド本人が後年のインタビューで「数百万足のエア デシューツを売った」と語ったという話もある。これが本当であれば、エア デシューツの登場がスポーツサンダル市場に影響を与えたことは間違いなさそうだ。

ところが、市場拡大の立役者であるエア デシューツは、潮が引くように、ふっとシーンから姿を消してしまう。我々の前に帰ってきたのは2020年5月。オリジナルカラーを彷彿とさせる配色を含む、多彩なバリエーションで復活をした。

しかし、時は世界がコロナ禍に見舞われ、アクティブな活動も外出もままならない時。水陸両用のアクティブサンダルにとって、最悪のタイミングだったかもしれない。だが、長らくこの日を待ち望んでいたフリークは多かった。苦境にも屈しない好セールスを記録。以降、2026年に至るまで再び潮が引くことはなく、新色が今もリリースされている。

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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作 1994
「AIR MADA エア マーダ」
時代を変えた“怪物”の生みの親が放った
ハイキングシューズ

「フットウェア前編」のトリを飾るのは、1994年発売のハイキングシューズ「AIR MADA エア マーダ」。ACG誕生から5年、黎明期から積み上げてきたアウトドアシューズのノウハウを惜しみなく注ぎ込んだ本作を手掛けたのは、ティンカー・ ハットフィールド、そして翌1995年に怪物「AIR MAX95 エア マックス95」を世に放つセルジオ・ロザーノの両名だ(海外の情報筋では、ロザーノ単独のデザインと記されていることもある)。

厚みのあるソールと、ジグザグ状に走るステッチワークが印象的な「AIR MADA エア マーダ」。

“SLEEK, NIMBLE, FRIENDLY AND HAVE BIG SHARP TEETH”。エア マーダがリリースされた当時の広告のキャッチコピーだ。「しなやかで、すばやくて、優しい。そして、大きく鋭い歯を持つ」。人懐っこく優しい顔をしておきながら、裏では鋭い牙を隠し持っている。なんとも物騒で、たまらなく魅力的だ。

大きく鋭い歯の正体はアウトソール。大きな凹凸を刻んだラグパターンは、未舗装路でも確かなグリップ力を発揮する。ヒール部分にはエアが搭載され、厚みのあるミッドソールが、歩行時の衝撃をがっちりと受け止め、いなしてくれる。そして、見た目こそ重厚だが、いざ手に取れば軽い。それでいて、見た目を裏切らないタフネスも併せ持つ。軽快さと屈強さの融合こそが、キャッチコピーの真意なのだろう。

アッパーに目を向けよう。よく観察すれば、曲線的なレイヤー構造はどこかエア マックス95の片鱗を感じさせる。90年代中期のナイキらしさがあるとも言える。ロザーノの筆致が宿っているのだろう。

だが、エア マーダはACG。ハイテクな顔つきはありつつも、シュータンやヒールに付いたプルタブなど、ギアとしてのアウトドア要素が随所に光る。このプルタブは、着脱を容易にするだけでなく、カラビナ等でバックパックに引っ掛けて携行できる実用的な装備。スニーカーとしてのカッコ良さと、ギアとしての機能美がひとつのシルエットに収まっているのだ。

つま先からヒールまで巨匠による意匠が光る。ヒールに集約されたロゴデザインもエア マーダの見どころ。

写真の個体は復刻モデル。1994年のオリジナル発売当時はこのローカットの他に、より本格的なトレッキングブーツに近いミッドカットも展開されていた。1996年には正統な後継モデル「AIR MADA2 エア マーダ2」も登場している。さらに、「AIR MADA PLUS エア マーダ プラス」といった派生モデルが出ていたという情報もある。

スニーカー史に残るマスターピースがひしめき合っていた当時のナイキにあって、「エア マーダはシーンの絶対的中心に君臨した」とまでは言えない。それでも、実戦で頼れる確かな高機能とこの時期のナイキらしいデザイン性。そして後継や派生モデルもリリースしていた本作が、90年代中期のACGを象徴する1足として愛されたことに、いささかの疑いの余地もない。

(→〈NIKE ACG〉の「エア マーダ」をオンラインストアで探す)

黎明期から90年代中期にかけて、ACGが切り拓いてきたアウトドアシューズの名峰たち。その足跡を、ここまで足早に縦走してきた。

本稿はエア マーダで終了となるが、我々が追うべきACG名作シューズの登攀記録は、“マーダ(まだ)”終わらない。ACGヒストリー三部作。そのラストを飾る「フットウェア後編」では、90年代中期から2000年代にかけてドロップされたアイテムへとアタックを仕掛けていく。コッペパンのようなあの傑作も、ストリートで絶大なプロップスを集めた“テラ(TERRA)”かっこいいモデルもまだ控えている。彼らを紹介せずに、ACGヒストリーは終われない。

しばし、息を整え、待っていてほしい。次なる稜線で、また会おう。

(→ 90s名作ギアのオールドデザインが最⾼!〈NIKE ACG〉【ウェア編】に関する記事はこちら)

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