90s 名作ギアのオールドデザインが最⾼!〈NIKE ACG〉【フットウェア後編】「エアモック」「エア テラフマラ」「エアファサード」ほか
後編では、機能性・デザイン性をさらに磨き上げた成熟期であり、ハイテクスニーカーの熱狂とアウトドアの隆盛、その2つのムーブメントに呼応していった90年代中盤から後半、そして21世紀を迎え、かつての熱狂とは異なる道を歩むシューズへと変化していった2000年代初頭のフットウェアを紹介する。
コンクリートジャングルから大自然まで、あらゆるフィールドを縦横無尽に駆け抜けた名作たちが描く、美しき稜線へと足を踏み入れよう。
〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作1994年
「AIR MOC エア モック」
時代の潮流に逆らい、
時代を先取りしたポテトシューズ
リカバリーシューズ。足を労わる目的で履く、独自設計の一群。2020年代になってシューズ市場に浸透したカテゴリーだが、遡ること四半世紀以上前に、現代であればリカバリーシューズにカテゴライズされるであろう一足をACGは生み落としていた。それが「AIR MOC エア モック」だ。
登山やキャンプの後に足を休めるため開発された「AIR MOC エア モック」。異端な顔立ちでACG史において異彩を放つ。
エア モックのデザイナーはトリー・オーゼック。当時、ナイキの先進的製品開発グループに所属し、後に「AIR FOOT SCAPE エア フットスケープ」も生み出した人物だ。エア モックやエア フットスケープを見れば、彼の眼差しがいかに「靴の常識」から自由だったかが理解できる。
その柔軟な発想から生まれた1足は、現在ほど細分化されていなかった当時のシューズ分類表のどこにも当てはまらない。
時は90年代中盤。ハイテクスニーカーがシーンを席巻する真っ只中であり、ACGであっても一定のハイテク感は求められていたはず。前編で登場した「AIR MADA エア マーダ」は、まさにその時流に乗った一足だった。
だが、エア モックはこの見た目だ。サンダルでもクロッグでもない。かといってスニーカーと呼ぶのも躊躇する。ハイテクブームとはあまりに対極的だった。
しかし、靴は見た目に寄らぬもの。エア モックは実に優秀なスペックを秘めていた。アッパーは一枚構造のヌバックで、インナースリーブに伸縮性のあるネオプレン素材を採用。ヒールに設置したシンチシステム(ドローコード)で自在にホールド感を調整できる。さらに、フルレングスエア搭載で確かなクッション性能を誇り、アウトソールには独自のトレッドパターンを刻んだグリップ力に優れるラバーを搭載。
「フィット」「クッション」「グリップ」。エア モックが誕生した94年、球史に残る“10.8決戦”を制したジャイアンツ三本柱(斎藤・桑田・槙原)にも匹敵する、隙のないトライアングルを完成させていたのである。
ヒールに設置したドローコードでフィット感を調整可能。リラックスシューズらしい設計の妙が光る。
エア モックで、もうひとつ触れておきたいのが、そのネーミングである。命名にも、ちょっとしたドラマがあった。
丸みを帯びた茶色のフォルムや、アッパーに設けられた通気孔。それがフォークで穴を開けたベイクドポテトに見えたことから、開発中は“ポテトシューズ”と呼ばれていた。我々日本人の目には、ベイクドポテトよりもコッペパンに見えるかもしれないが、ともあれ、当初の正式名称は、ジャガイモの一大産地、アメリカ・アイダホ州から「AIR IDA エア アイダ」になる予定だったらしい。
しかし、アメリカには食品大手ハインツ傘下の冷凍ポテトブランド「Ore-Ida オレアイダ」が存在する。名前が類似し、商標トラブルに発展しかねないという判断から、モカシンに由来するエア モックに着地したそうだ。
リラックスシューズらしい⾜を包み込む履き⼝。インソールのデザインに⽬を凝らすとACGの⽂字が‧‧‧。
94年のリリース当時、エア モックは日本未発売だった。経緯は定かではないが、この見た目だ。そう判断されても仕方ない。だが、大逆転が起こる。
藤原ヒロシ氏のレコメンドやファッション誌での露出を機に日本のファッションシーンに浸透。並行輸入のスニーカーショップで、ハイテクスニーカーに混じって顔を並べるようになり、一部マニアの間で知名度を高めていく。そして明らかに他と違う脱力した個性が支持され、90年代後半にはACGの代表モデルへと登り詰めた。2026年現在、リカバリーシューズ市場は、〈HOKA ホカ〉や〈OOFOS ウーフォス〉といった、21世紀生まれのブランドが覇権を握っており、ナイキはやや後塵を拝している感がある。だが、このカテゴリーのパイオニアであり、底力は侮れない。かつてエア モックが成し遂げたような鮮やかな「メークドラマ」が起こるかもしれない。
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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作1995年
「TORRE MID トーレ ミッド」
ナイキ黄金世代の中で
我が道を貫いた正統ハイカー
1995年。90年代に無数の名作を生み出してきたナイキにとって、ひときわ特別な年だろう。「AIR MAX95 エアマックス95」を筆頭に、「AIR FOOT SCAPE エア フットスケープ」「AIR JORDAN11 エアジョーダン11」「AIR ZOOM FLIGHT95 エア ズーム フライト95」など、不朽の名作が多数リリースされた“ゴールデンエイジ”と呼ぶに相応しい年だ(エア フットスケープは95年発売開始、グローバル展開は96年からとの情報もある)。
そんなナイキ95lineから、玄人好みな空気感を纏ったACGの正統派ハイキングシューズ「TORRE MID トーレ ミッド」を紹介する。
ハイキングシューズの王道を行くクラシックな佇まいが際⽴つ⼀⾜「TORRE MID トーレ ミッド」。
トレンドに敏感なイケイケの同級生が揃うなかで、トーレ ミッドは真面目で硬派な雰囲気。
スエードとナイロンメッシュで切り替え、サイドにスウッシュが入るアッパーは、80年代後半から90年代前半のバッシュからもインスピレーションを受けており、どこか「TERMINATOR HIGH ターミネーター ハイ」や「DYNASTY ダイナスティ」の面影がある。ナイキの確かなDNAが宿っている。
スペックに目を向けよう。モデル名は「トーレ ミッド」。そう、“エア”がつかない。95組の大半が当たり前のようにエアを搭載しているのに、トーレ ミッドはエアを持たなかった。
しかし、「エア非搭載=スペック不足」ではない。トーレ ミッドはEVAミッドソールを使用し、横ブレを抑えるスチールシャンクを内蔵。アウトソールには再生ラバー素材「ナイキ リグラインド」を採用している。ミッドソールはあえて薄くして地面との距離を近付け、足裏感覚と操作性を高めた。
あくまで推察だが、エアでクッション性を高めてソールを厚くするよりも、ソールを薄くしてトレイルでの安定感を追求するほうがトーレ ミッドにとっては優先順位が高かったのだろう。
エアを纏わない選択は、機能放棄ではなく、機能の「選択と集中」だったのだと考えられる。
さらりと流したが、アウトソールの再生素材にも触れておきたい。トーレ ミッドのオリジナルが発売された90年代中盤は、サステナビリティという概念こそあれど、まだ教科書のどこにも載っていなかったであろう時代。今でこそリサイクル素材は珍しくないが、当時はシューズに採用すること自体が非常に珍しかったはずだ。
ナイキは、1992年から不要のシューズをリサイクルする「Nike Grind」というプログラムを開始している。星の数ほどシューズを生み出していた裏側で、地球に優しい取り組みを既に行っていたナイキの懐の深さに、改めて感嘆させられる。


ヒールのロゴやテープがアクセントに。こちらは原宿のスニーカーショップ「A+S」が2023年にリリースした別注カラー。
話をトーレ ミッドに戻そう。本格派のハイキングシューズとして送り出されたトーレ ミッドだが、スター揃いの同級生たちが幾度となく復刻を果たす中、本作は再登場までに30年近い月日を要した。
待望の復活は2023年。「TORRE MID WP トーレ ミッド ウォータープルーフ」として、オリジナル当時の撥水仕様から完全防水へと現代的なアップデートを遂げてのカムバだった。王道のアウトドアカラーから、タウンユースに映えるポップなマルチカラー、大人向けのニュートラルな配色まで、バリエーションも多彩だ。
復刻時も争奪戦を巻き起こすわけでなく、派手さとは無縁のモデルなのかもしれない。だが、スニーカーブーム全盛の時代、ナイキというだけでチヤホヤされたモデルばかりでなく、トーレ ミッドのような硬派も存在していた。それを知っておくと、90年代ACGの解像度はぐっと上がる。
(→〈NIKE〉の「エア マックス」に関する特集記事は、こちら)
(→〈NIKE〉の「エア ジョーダン」に関する特集記事は、こちら)
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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作1996年〜1997年
「AIR SKARN エア スカーン」
エア マックスシリーズの面影を宿す
90年代中期の名脇役
我が道を貫いたトーレ ミッドとは対照的に、次に紹介するモデルはACGの中でも流行が色濃く反映されたモデルと言えるだろう。96年から97年にかけてリリースされた「AIR SKARN エア スカーン」だ。
石灰岩などの岩石にマグマが触れ、その境界に生まれる特殊な鉱物「スカルン」に由来する名を持つ本作は、ワイドなフォルムで重厚さのあるアッパーデザインながら、抜群の軽量性。アウトドアシューズのさらなる進化を体現する1足となった。
流線的なフォルム、ラウンドシューレース。「AIR SKARN エア スカーン」には当時のナイキのトレンドが随所に注がれている。
アッパーは通気性の高いメッシュをベースに、ヌバックをオーバーレイ。そしてシューホールを這うロープ状の太いコード。アウトドアギアでありながら、そのルックスは当時のハイテクランニングシューズ群と比べても遜色のない仕上がりであり、「AIR MAX95 エアマックス95」や「AIR MAX97 エアマックス97」を想起させる流線的な佇まいが特徴だ。
機能面も抜かりない。ミッドソールに合成樹脂を圧縮・加熱して発泡させたファイロン素材を採用し、軽量で快適な履き心地。それでいて過酷なフィールドにも対応するタフさを備え、トレンド感のある見た目とACG譲りの実直さが高い次元で共存している。
トーレ ミッドと同様に再生素材を採用しており、エア スカーンもまた90年代から足元にサステナブルな思想を宿していた。
土踏まずの独特な形状は、安定性の向上が目的。サイドに”Lungs”(肺)ロゴ、ヒールにもロゴが入る。
エア マックスシリーズの面影があることから、「当時からさぞかし人気を博したのだろう」と想像するかもしれない。だが、当時のシーンでエア スカーンが目立つ存在だったかといえば、決してそうではない。アウトドアユースで一定の支持を得ていたものの、アメリカのスニーカーメディア『DefyNew York』が「テラ フマラやマイノットでマイサイズを見つけられなかった人が、代わりに選んでいた靴」と評したように、第2、第3候補にちょうど良い。そんな立ち位置のシューズだった。
そんなポジションが影響したのか、コラボや復刻は例が少なく、リリースから20年以上経過した2019年に初めての復刻を果たしている。
スポットライトの中心ではなく、その縁(へり)を静かに支える。地中の境界付近に生まれる鉱物の名を授かった一足は、まさにメインストリームとアウトドアの境界線上で、ひっそりとACGの屋台骨を支えた美しき名脇役なのである。
(→〈NIKE〉の「エア マックス」に関する特集記事は、こちら)
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〈NIKE〉
オールドデザインの名作1997年
「AIR HUMARA エア フマラ」
ナイキ・ACGの新たな一歩を刻んだ
伝説のトレイルランナー
はじめに、ひとつ重要な前置きを。当時のナイキがリリースしていたアウトドアユースのシューズは、すべてがACGだったわけではない。その最たる例が、これから紹介する「AIR HUMARA エア フマラ」だ。
本作はACGとして紹介されているケースもあるが、実際はナイキのランニング部門から世に出たトレイルランニングシューズだ。
とはいえ、その出で立ち、設計思想、そして語り継がれ方を見れば、ACGの文脈のなかでも触れられるべき名作。だからこそ、フットウェア後編の一席を譲ってでも語りたい。
驚異的な⾛⼒で知られるメキシコの⼭岳先住⺠・タラウマラ族に由来する名を持つ「AIR HUMARA エア フマラ」。
エア フマラの作り込みに触れていこう。キャンプテント、ミリタリーのウェビングテープ、クライミングシューズなど、様々なギアから着想を得ている。たとえば、トラクションに優れた厚いソールはオートバイの車輪まわりの技術的なデザインがソース。岩、根、葉、土をがっちりと噛むトレイルランナーのためのソールに仕上がっている。前足部にズームエア、ヒールには通常のエアを搭載し、クッション性も申し分ない。
アッパーはレザー、メッシュ、リフレクターなどを組み合わせて構成し、耐久性を意識した補強素材を配置。特殊加工が施されたミッドソールと相まって、メカニカルな印象を強めている。
エア フマラをデザインしたのは、ピーター・フォグ。名作を何足も生み出したナイキを代表するデザイナーで、彼がナイキで最初にデザインしたのが、エア フマラだったという。
そのフォグは2018年の『Sneaker Freaker』のインタビューで、こう語っている。
「ACGとランニングは完全に別のカテゴリーでした。私が90年代にデザインしたトレイルシューズはすべて、実際にはナイキ ランニングのためにデザインされたものです」。
これこそがエア フマラがACGではなく、ランニングシューズである何より証言だ。
なお、フォグは後にACGに移ってトレイルランニングモデルのデザインを行っている。このキャリアもまた、エア フマラがACGだと誤解される一因になっているかもしれない。
サイド、シュータン、ヒールなど要所にスウッシュが入る。ランニング部門のシューズのため、ACGのロゴは入らない。
オリジナルのリリース当時、エア フマラは感度の高い熱狂的なファンを確実に獲得した。それもあり、「AIR TERRA HUMARA エア テラ フマラ」「AIR HUMARA S エア フマラ エス」「CONSIDERED HUMARA コンシダード フマラ」といった後継モデルや派生モデルが多数リリースされた。
そして、2010年代に入り、エア フマラの知名度と人気はさらに加速する。2017年に〈SUPREME シュプリーム〉とのコラボがドロップ。蛍光ピンクやグリーンを纏ったアッパーは、オリジナルのギアライクな印象を痛快に裏切り、絶大なインパクトを与えた。
さらに、2022年にはフランスのラグジュアリーブランド〈JACQUEMUS ジャックムス〉とのコラボで、エア フマラを再解釈した「JACQUEMUS×NIKE AIR HUMARA LX ジャックムス×ナイキ エア フマラ LX」を発表。LE SSERAFIMのキム・チェウォンが着用したことも追い風になり、新たな層へのアプローチにも成功した。
「HUMARA」は、メキシコの山岳先住民で、サンダル一つで100kmを優に超える長距離をなんなく走破するタラウマラ族の名が由来。そのタフな血脈の通り、エア フマラは時代を超えて今もなおロングランを続けている。
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〈NIKE〉
オールドデザインの名作1997年
「AIR TERRA HUMARA
エア テラ フマラ」
2つの系譜を引き継ぎ
ストリートへ飛び出した良血
エア フマラの登場から間もない1997年。ピーター・フォグは早くも進化版を世に放つ。「AIR TERRA HUMARA エア テラ フマラ」だ。エア フマラと同じくランニングカテゴリーからのリリースでありながら、ACGトレイルランニングの礎を築いた91年発売の名機「AIR TERRA ACG エア テラ ACG」から冠を授かった、“HUMARA”と“TERRA”、2つの血脈を受け継いだ良血である。
エア フマラからさらに本格的なトレイル性能を追求した「AIR TERRA HUMARA エア テラ フマラ」。
“TERRA”は1980年代からナイキがランニングシューズで用いてきた由緒ある冠。エア テラ ACG以降はトレイルランニングの系譜で使われるようになった。エア テラ フマラにこの冠がついたのは、エア フマラの成功によって、「フマラこそナイキのトレイルランニングの正統な後継者だ」と示そうとした、いわばお墨付きのようなものだったのではないかと推察できる。
そんなエア テラ フマラには、エア フマラからの大きな変化がある。ビジブルエアの採用だ。前足部にズームエア、ヒールに通常のエアという組み合わせはそのまま、ヒールに丸窓を開けてエアを露出させた。
アッパーは前作から引き続き、オートバイのメカニズムから着想を得た意匠を採用。中足部のプラパーツとビジブルエアの造形美は、90年代のナイキ特有のハイテク感を力強く体現している。
また、エア テラ フマラは色使いも魅力で、今日に至るまで多彩なカラーパレットを展開。本個体(2018年復刻)は、90年代後半にリリースされた名作カラーを想起させる配色となっている。
トレイルランニングシューズで初めてビジブルエアを採用したモデルのひとつとしても知られている。
エア テラ フマラの真骨頂はリリース後に辿った足跡にある。
発売当初からファッションシーンで高い評価を受け、世界的なモード誌『Vogue』に取り上げられたのだ。これはフォグ自身にとっても予想外だったようで、前述の『Sneaker Freaker』のインタビューで、「自分がデザインしたトレイルランニングシューズは、トレイルランニングのために使われるものだと思い込んでいたから、大笑いしたよ。でも、素晴らしいことだった」という趣旨の発言を残している。
デザイナーの予想を裏切って、トレイルからストリートへ飛び出した一足はフットロッカー別注など展開が広がり、日本の並行輸入店の棚を鮮やかに彩った。さらに、藤原ヒロシ、ティンカー・ハットフィールド、マーク・パーカーの3者による伝説のプロジェクト「HTM」から、上質なフルグレインレザーを纏ったエア テラ フマラが登場。近年も2023年に〈UNDEFEATED アンディフィーテッド〉とのコラボが発売されるなど、その人気は今も揺らがない。
期待を受けて誕生したサラブレッドが駆け抜けたコースは、デザイナーが当初思い描いていた道とは少し違ったかもしれない。だが、今もストリートという名の広大なフィールドで、その血統に相応しい鮮やかな走りを見せ続けている。
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〈NIKE ACG〉
オールドデザインの名作2002年
「AIR PHASSAD エア ファサード」
テントから着想を得た、
シュラウド仕様の個性派
全3回にわたってお送りしてきたACGの物語も、いよいよ最後の1足を残すのみとなった。
大トリを飾るのは、2002年に登場した個性派アウトドアシューズ「AIR PHASSAD エア ファサード」だ。
「やっぱり90年代デザインが最⾼」と謳ってきた本シリーズの締めに、2002年産が登場することに、ツッコミが入るかもしれない。だが、エア ファサードはACGの歴代シューズのなかでも強烈な個性を放つ、語るに値するモデル。ツッコもうとして振り上げた右手は、ぜひそのまま画面のスクロールに使っていただきたい。
2002年発売の「AIR PHASSAD エア ファサード」。90年代とは明らかに異なる出で立ちで、デジタル感覚と機能美を両立させている。
エア ファサードは、「AIR PLATEAU エア プラトー」「AIR SPINDRIFT エア スピンドリフト」とともに、低価格帯の本格トレイルランニングシューズとして世に放たれた。この三兄弟のなかで、もっともアクが強かったのが本作である。
最大の個性はアッパーにある。雨や湿気の多い過酷な環境下でも快適に使用できるよう、“実用主義”を追求し、テントのドアから着想を得たファスナー付きのシュラウドを採用。
シューレースを覆い隠すデザインは、〈ADIDAS アディダス〉の往年の名作「MICROPACER マイクロペーサー」などで以前から見られたが、テントをヒントにこの構造に辿り着いたのは、エア ファサードが初めてかもしれない。
フォームミッドソールとトレイル由来のアウトソールという基本骨格の上に、シュラウドという特異な意匠が重なる。そうして、ACGの中でも類例の見当たらない造形が誕生した。
さらに、フィット感を調整することができる中央のバックルストラップ、つま先からマッドガードを包み込んで耐久性を高める高密度オーバーレイなど、シュラウド以外にも実用的なディテールが詰まっている。
シューレースを覆い隠すように装着されるフラップ構造。岩や小石などのトレイルデブリの侵入を防ぐ。
エア ファサードをデザインしたのは、スコット・ポーツライン。ナイキで数々のシューズに携わり、現在は〈CANADA GOOSE カナダグース〉のフットウェア部門で要職に就いている実力者だ。
そのポーツラインはエア ファサードについて、「防水性は確保したいが、主流であった過剰に組み上げられた完全防水靴の見た目からは離れたい」と考えていたようで、その答えがテントをヒントに先進的な軽量・保護技術を表現することだったのだろう。
ヒールには、1997年頃から登場した”Lungs”(肺)ロゴを配置。
当時も今も唯一無二の見た目と機能性を誇るエア ファサードだが、シーンで大きなセンセーションを巻き起こすには至らなかった。
トレイルモデルとして十分なスペックを誇りながら、王道のデザインからあえて距離を置いた異端なルックスが、当時はやや早すぎたのかもしれない。エア ファサードはオリジナル発売以降、長らくテントを畳むことになる。
しかし、約23年のブランクを経て、2025年に待望の復刻を果たす。オリジナルを彷彿とさせるシルバー×イエローが再登板したのを皮切りに、ハイパーピンクのようなド派手なカラーや落ち着いたウィートなど、2026年現在に至るまで多彩なバリエーションが継続的に展開されている。
Y2Kがファッションのトレンドとなり、各メーカーが2000年代初頭の近未来的なデザインをこぞって掘り起こしている昨今。ようやく今、足元にテントを張る時代が幕を開けたのかもしれない。
(→〈アディダス〉の「マイクロペーサー」に関する特集記事は、こちら)
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全3回にわたって縦走してきたACGの登攀記録も、これでフィナーレ。ウェア編、フットウェア前後編と、ACGが切り拓いてきた稜線を辿り、ようやく頂に到達した。
2026年、ACGはブランドの原点である長距離ランニングシューズ「LDV」を、トレイルランニング仕様にアップデートした新作「LDV ACG」を世に送り出した。リック・リッジウェイとジョン・ロスケリーがK2に挑んだあの時から間もなく半世紀、90年代を彩った数々の名作アパレルとフットウェア、行く手に雲が立ち込め始めた2000年代、姿をガラッと変えて再び走り出した2010年代。ACGが描いてきた軌跡は、すべて今に連なっている。それを証明するのが本作のリリースかもしれない。
いちスポーツブランド、いちアウトドアギアの枠を超え、多大な影響を与えてきたACG。アーカイブの数々は、いくつもの頂を制覇してきたブランドの歴史そのものだ。古着屋のラックで、復刻のローンチで、再びACGのプロダクトと出会うとき。その背景に広がる稜線に、ぜひ思いを馳せてみてほしい。
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