FASHION

米国発〈バンソン〉ライダースジャケットが体現する“男の憧れ” vol.2

刹那的で、衝動的。だからこそ憧れは、いつの時代も人々の行動原理となる。特に、何かと抑制を強いられる現代においては、苦境を打破する強いモチベーションに変わりうるだろう。ことファッションにおいて、“憧れ”という枕詞がつくアイテムは数少ない。“男の憧れ“となればなおさら希少で、そこはライダースジャケットの独壇場といっても大袈裟ではないはずだ。

ならばあらためて知っておこう。見るからに革とガソリンの匂い漂う、強さと速さの象徴を。以前にフォーカスを当てた〈Schott ショット〉と並び評される、アメリカの老舗レザーウェアブランド〈VANSON バンソン〉のライダースジャケットを。

それはもはや、トレンドや他人の価値観に決して流されない世界。そこに痺れる、憧れる。

怯まず、倒れても立ち上がる。
ライダーを代弁する不屈の精神。

始まりは暗やみの中だった。ボストン大で経営学を専攻したマイケル・バン・デ・スリューセンが〈VANSON バンソン〉の前身である〈Vanson Associates Inc バンソン・アソシエイツ〉を立ち上げたのは、1974年のこと。当時はアメリカ経済の落ち込みに伴い、レザー業界も暗黒期に突入していたのだ。そんな時代にあえてチャレンジに打って出る姿勢は、まさしくライダースジャケットに宿る反逆精神を映し出しているかのよう。と同時に、名門大学でビジネスセンスを培った当時22歳の若者には、確かな光が見えていたのかもしれない。

とにもかくにも、彼はマサチューセッツ州ボストンの自宅をオフィスとし、ミシンとタイプライターのみで事業を開始する。すると、小規模経営ながら当時の最新技術を用いてハンドメイドされたレザージャケットが、徐々に評判を獲得。地元・ボストンのモーターサイクルシーンを中心に勢力を広げていった。

しかし、1983年には倒産の憂き目にあう。1978年のオイルショック、1980年初頭から顕著となったインフレと失業率の増加が首を絞めた格好だ。とはいえ、転んでもすぐに立ち上がるのは“ライダー”の本能ゆえか。翌1984年にはマサチューセッツ州サザランドへと拠点を移し、フレッド・ワイズが創業者の跡を継いだ。職人たちによる丁寧なハンドメイドはそのままに、屋号を〈Vanson Leathers バンソン・レザース〉に変えての再出発。その足取りは、当時の日本で起きた“渋カジ”ブームの後押しもあり、栄光のロードへとつながっていく。

ブランドの原点とも言うべき
ベーシックなシングルライダース。

ここからは、バンソンの誇る傑作モデルを紐解いていこう。手始めに紹介したいのは、豊富なラインアップのなかでも入門編と呼ぶべきシングルライダース。創業から間もない1975年に誕生した「MODEL B モデルB」は、ベーシックかつポピュラーなデザインで今も人気を博している。

その最大の魅力が、ブランドのアイコン的存在「コンペティションウエイトレザー」だ。厳選されたトップグレインカウハイドにクローム仕上げを施し、独特の光沢感を獲得。確かな重量感を持ちながら、着れば着るほど身体に馴染んでいく革の質感は、他には代えがたい所有欲を呼び覚ます。

スタンドカラーのシングルライダース「モデルB」。シンプルながら、レーシングシーン由来の機能的なディテールを装備。

シンプルデザインゆえに革本来の魅力をたっぷり味わえるモデル Bだが、身体のラインに沿う美しいシルエットも見どころのひとつ。レーシングウェアとしての機能性を追求した結果、バイク走行時の空気抵抗を減らすために細身にシェイプされている。スタンドカラー、長めの着丈・袖丈といったディテールもまた、ライディング時に風の侵入を防ぐためのデザインだ。

日本向けにアジャストされた
別注のダブルライダース。

シングルライダースのスタンダードであるモデル Bに対し、ダブルライダースの基本形となるのが「MODEL C2 モデルC2」だ。CではなくC2。それには理由がある。実は「MODEL C モデルC」も本来存在したのだが、着丈が長く日本人の体型には合わなかったのだ。

「モデルC2」は、バックドロップによる別注品。従来より着丈を短くし、日本人の体型に合うようアップデート。

ウエストベルトは取り外しも可能。

そこで救世主となったのが、1977年のオープン当初からアメカジシーンを支えた渋谷の名店「The Backdrop ザ・バックドロップ」(現在は店舗を閉め、オンライン販売に特化)。彼らがブランドに直接掛け合い、丈の長さをアレンジした別注モデルとしてC2をリリースした。結果、この判断は当たりに当たり、C2がアメカジブームを先導。そのうえ本国アメリカにおいても高く評価され、通常モデルとしてブランドカタログに掲載されるにまで至っている。

レングスこそアレンジされたが、両肩のエポレット、3つのジップポケット、フラップ付きのシガレットポケットといったディテールでアメリカンクラシックをしっかり体現。艶のあるコンペティションウエイトレザーに真鍮パーツを組み合わせたフロントマスクでも、濃密なアメリカンテイストを放出する。フロントジップを首元まで締めたり、真鍮バックルのウエストベルトを取り外したりといったアレンジが楽しめるのも人気のポイントだ。なお、こういったフロントバックルのベルトを持つライダースは、日本では通称「アメジャン」とも呼ばれる。アメジャン、そしてロンジャン。そんな話については以前の記事で触れているので、ぜひご一読頂きたい。
(→「アメジャン」「ロンジャン」に関連する記事はこちら

クラシカルでタイムレスな
街で着るホースライドレザー。

あくまでモーターシーンに軸足を置くバンソンだが、街着としての着用を前提とする名作も存在。それがこの「MODEL ENF モデルENF」、正式には「ENFIELD エンフィールド」と名付けられたモデルだ。発売が開始されたのは、ブランド再生後の1985年。当時の日本におけるアメカジブームが誕生の呼び水となったのは、想像に難くないだろう。

素材にホースライドレザーを採用する「「モデルENF」。

ホースレザーはカウハイドと比べても、ハリのある質感が特徴。

スタンドカラーではなく通常の襟が付くため、着こなしの幅が拡大。2つのハンドポケット、左胸のジップポケットといったディテールも、街着としてトゥーマッチな印象は抱かせない。さらには素材も、シティユースの観点から選定。きめ細やかで美しいホースハイドレザーを用い、味のある表情を手にした。ずっしりと肉厚で重く、それゆえに着込むほど風格を増す馬革は、デイリーウェアとして育てることを覚悟させる“試金石”でもあったのだ。

印象的なカラーで彩られた
スポーティなチームジャケット。

再び、ライダースジャケットの真骨頂たるバイクレースにちなんだアイテムに戻ろう。エネルギッシュなバイカラーとラグランスリーブが目を引くこちらは、「MODEL TJV モデルTJV」。米国の公式サイトでは「LOGO TEAM JACKET」と記されるモデルだ。TJ とはチームジャケットの略称であり、その名の通りバイクレースのチームジャケットとして考案された1着。なかでもTJVは、右胸と左上腕部にバンソンのロゴワッペンを備えているのが特徴だ。

ラグランスリーブをバイカラーで切り替えた「モデルTJV」は、スポーティなブルゾンタイプ。

これまで紹介したライダースジャケットと比べると、よりスポーティ、かつ幾分マイルドな印象のブルゾンタイプ。首元、袖口にリブニットが付けられ、カジュアルなコーディネイトとの相性も上々だ。ただし着こなしの汎用性が高いとはいえ、素材には重厚なコンペティションウエイトレザーをフルパネル採用。あくまでリアルライダースであり、タフネスの追求には抜かりがない。

またこのほか、複数のスポンサーワッペンがフロントに付く「TJP」もチームジャケットとして著名なモデル。こちらは公式サイトで「RACING TEAM JACKET WITH COMPETITION PATCHES + VANSON」と表記される。

ジャパニーズキッズを虜にした
本気仕様のレーシングジャケット。

続いても、バイクレース用の“本気モデル”を。1977年生まれの「MODEL RJV モデルRJV」はレーシングジャケットの頭文字から名付けられ、前出のTJVにようにワッペン付きのデザインがVの理由となる。複数のスポーツワッペンが付くモデル「RJP」が存在するのも、TJV同様。本国サイトに倣えば、RJVが「RACE JACKET WITH VANSON LOGO」、RJPが「RACE JACKET W/PATCHES」となる。

配色とワッペンがアイコニックな「モデルRJV」。さらにスポンサーワッペンが付いた「RJP」も存在する。

右胸と左上腕部のワッペン、さらにはフロントの切り替えがスポーツマインドを刺激するが、ひときわ敏感な反応を見せたのが1990年代前半のジャパニーズキッズだった。当時はアメカジブームのなかでも異彩を放つ、ハードアメカジ全盛期。バンソンの“特攻服”に身を包み、ブーツカットの裾を引きずりながら重量級のブーツで締めるチーマーたち……。そんなスタイルがもてはやされた時代を振り返れば、一瞬の尊さ、時の流れの儚さを感じずにはいられない。

選ばれし者の“特攻服”。
背中に輝く星は憧れの象徴に。

ラストを飾るのは「RJV」以上に個性的で、カッ飛んだライダースだ。1975年に登場した、その名も「MODEL STAR モデルスター」。極端に短い着丈、フロント一面に貼られたワッペンを見れば一目瞭然だが、まごうことなきリアルレーシングジャケットである。

背面の星をはじめ、極めてハードに装飾された「モデルスター」。ハードアメカジ隆盛期には、強さの象徴として畏怖の対象にも。

極め付きは、背中に入った強大なひとつ星。モデル名の由来ともなったこのスターが放つ特大のインパクトは、街で輝かせるにはいささかハードルが高かろう。しかし、その硬派な武骨さが街で信奉された驚きの実例がある。そう、時は1992年ハードアメカジ戦国時代、場所は東京・渋谷。当時の憧れはこの星に集約し、売り切れが続出した。しかも、腕っ節の強いものにしか着用を許されない“チャンピオンベルト”として。これ以上はもう、何も言うまい。

賢明なる読者諸兄姉ならお分かりだろうが、懐古主義に浸っているわけではない。武闘派たれ! というつもりも、毛頭ない。しかし、バンソンのライダースジャケットが男の憧れとしてDNAに訴えかけるのは、紛れも無い事実である。

重く、硬い本物のライダースジャケットは、いかにスマートでコンフォートかを追求する現代においては敬遠されるのかもしれない。ただし、歴史は証明する。どうしようもなく惹きつけられるモノとしての価値を。そして往々にして、歴史は繰り返すのだ。

次回は、同じライダースでもアメリカ産とは一味違うLewis Leathers ルイスレザーを紹介。震えて待て!

→【vol.03】につづく

【vol.01】はこちら

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