FASHION
The Adventure of NIKE vol.03

ナイキのキセキ。vol.3

社会現象といわれるまでに過熱化した1995年の「AIR MAX 95」をめぐる狂騒劇ののちも〈NIKE ナイキ〉は先進的なデザインと革新的な技術を果敢にプロダクトに反映し、次々とニューモデルを誕生させていった。ハイテクノロジーを具現化したそれらのスニーカーは、こと日本ではファッションアイテムとしてストリートシーンで熱烈に歓迎され「ハイテクスニーカーブーム」と称される一連のムーブメントに発展した。

だが一時のブームとナイキの進化とは、一線を画さねばなるまい。ナイキにとって進化は、いわば「意思」であって、ブームはあくまで意思表示たる製品の発表の場である市場、または社会が巻き起こした結果に過ぎないからだ。したがってナイキは、ただひた向きに製品開発に対峙するし、驚きに満ち、心震わせる意思表示としての製品リリースはとどまることはなく、我々を刺激し続けるのだ。

さて今回の特集記事も最終章である。これまでほんの一部ではあるがナイキの「軌跡」を切り取り、紐解いてきた。最終章ではナイキならではの胸を打つ新たな試みと、飽くなきハイテクノロジーへのアプローチを通して、ナイキという企業そのものの「奇跡」的な魅力に迫ってみるとしよう。

アソビゴコロのキセキ。

NIKE ナイキ〉にまつわる数々の奇跡ともいうべき物語が生まれてきた根源は、つまるところナイキという企業がもつ極めて強い「チェレンジ精神」にあるのではないだろうか。

1970年代後期、当時のスポーツシューズ界の絶対王者〈adidas アディダス〉は、元宇宙工学の技師によって持ち込まれた「エアテクノロジー」の採用を見送った。一方「エア」に可能性を見出し、1977年にナイキが採用という英断をしたのには、絶対王者に立ち向かうチェレンジ精神があったに違いない。

それ以前もそれ以降もナイキによる数々のチェレンジは、当然多くの失敗と成功という経験を生み、その経験は徐々に厚みを増し、企業としての懐の深さをも育んだのであろう。そして経験の厚みと懐の深さは、ユニークなプロダクトを生み出すことをもいとわない「遊び心」とでもいうべき余裕ある企業風土を培ったのではないだろうか。

1978年はナイキが初のエアソール搭載のモデル「AIR TAILWIND エア テイルウィンド」を発表したまさにチャレンジの年。(→関連する記事はこちら) まだランナーを中心としたアスリート向けの製品が主流であった時代にも関わらず、ナイキから突然変異的で奇妙なシューズが誕生している。「NIGHT TRACK ナイト トラック」というモデルだ。

当時アメリカはディスコブーム。かのアンディ・ウォーホルやミック・ジャガーらも通ったというニューヨークの伝説的ディスコ・クラブ「スタジオ54」のスタッフと関係者たちのために数量限定で製作されたものである。ランニングシューズのアッパーをベースにディスコ用らしく全体をシルバーでコーティング、アウトソールはダンスがしやすいようフラット仕上げ。スウッシュ、ヒール、ソールはクリアラバーにラメ仕様と実に型破りな存在だ。

「NIGHT TRACK」。オリジナルは1978年に登場。写真の2012年復刻モデルも入手困難となっている

通常のスポーツ用シューズでは考えられないグリップ性がまるでないラメ入りフラットソール

その個体数の少なさや、存在そのものの異端さ、そしてかつて日本のスクーターのプロモーションであのマイケル・ジャクソンが着用していたということも手伝い、ビンテージ市場では非常に希少かつ伝説的シューズとなっている。2012年に待望の復刻を果たしたが、こちらも限定販売の上に即ソールドアウトであったため、現在では入手困難だ。いずれにしろナイキの遊び心が生んだ奇跡的なモデルであったといえる。

時は経ち2017年、希代のクリエイターであるヴァージル・アブローとナイキの遊び心が、「THE TEN ザ・テン」というシリーズを生みだし、発表後またたく間に奇跡のコラボレーションと称されることとなった。

建築家/クリエイティブディレクター/アーティスト/DJなど、その表記に多くのスラッシュ( / )が必要なことから「スラッシー」との異名をもつほど多才なヴァージル・アブローは、ハイファッションとストリートファッションのエッセンスを兼ね備え熱狂的人気を誇るブランド〈OFF-WHITE オフホワイト〉の創立者兼デザイナーでもある。

青春時代にナイキに魅せられたひとりだったというヴァージル・アブローとナイキとの共同プロジェクトであるザ・テンで発表されたモデルは、その名の示すとおり10足。「AIR JORDAN 1 エア ジョーダン 1」をはじめとしたナイキが誇る傑作9足と、残る1足はアメリカでナイキの傘下にある〈CONVERSE コンバース〉の不朽の名作「CHUCK TAYLOR チャックテイラー」であった。

各モデルは、切り貼りしたかのようなクラフト感たっぷりの「REVEALING(リビーリング=露出)」と、クリアなアッパー素材を使用した「GHOSTING(ゴースティング=映像がずれて多重に見える現象)」というふたつのテーマに沿って、デザイン、再解釈、再構築された。

「REVEALING(リビーリング=露出)」というアプローチにより、まるで手作業による再構築されたかのような「Air Jordan  1」× Virgil Abloh(2018)

1:「Air Jordan 1」× Virgil Abloh(2017)
2:「Air Force 1 Low」× Virgil Abloh(2017)
3:「Air Presto」× Virgil Abloh(2018)
4:「Blazer」× Virgil Abloh(2018)
5:「Zoom Vaporfly」× Virgil Abloh(2018)
6:「Air Max 97」× Virgil Abloh(2018)
7:「Air Jordan 1」× Virgil Abloh Powder Blue(2018)

大人の事情によりチャック テイラーの日本販売は見送られたが、スニーカーというプロダクトを通してヴァージル・アブローの類稀なるセンスと世界観が存分に表現された各モデルは、スニーカーという枠組みを超え、むしろアートの領域に達しているとさえいえる。世界最大のスポーツカンパニーながら、スポーツシューズともアートとも言い切れないザ・テンというユニークなシリーズを世に送り出す潔さもまた、ナイキに遊び心があるがゆえなのだろう。

シンカのキセキ。

90’sスタイルのリバイバルの中で、ある種「あえてのハズシ」あるいは「さえないカッコよさ」を絶妙とするいささか厄介なトレンドは、スニーカーマーケットの勢力図にも少なからずの変化をもたらした。「ダッドスニーカー」というカテゴリーだ。〈BALENCIAGA バレンシアガ〉が2017年に発売したスニーカー「TRIPLE S トリプルS」が火種となったといわれており、休日に「DAD(ダッド=父親)」の履く無駄にボリューミーで、デコラティブ、それまで「ダサい」と表現されてきたスポーツシューズをあえて「ダサかっこいい」と解釈する潮流が生まれたのである。

ナイキにもダッドスニーカーにカテゴライズできるモデルがある。だがそれはブームに乗ってつくられたものではない。むしろ「これぞダッドスニーカー」といえるモデルがそもそも存在し、それが昨今のトレンドの中で再注目されたという方が正しかろう。もちろんナイキである。いまの時代のテイストも加味し、さりげなくアップデートやアレンジを施し、しっかりと進化させている。

1:「AIR MONARCH 4」(2018)。初代は2001年に登場。リーズナブルなトレーニングシューズとしてダッド(父親)の強い味方
2:「M2K TEKNO」(2018)。「AIR MONARCH」をベースに現代的に味付けしたモデル

1995年日本中を熱狂の渦に巻き込んだ「AIR MAX エア マックス」シリーズであったが、当然そののちも代を追うごとに進化を続けてきた。

エアバックがミッドソールのサイドから覗く「ビジブルエア」を搭載し、鮮烈にデビューを飾った初代の登場から30年の月日を経た2017年3月26日、またもや我々の度肝を抜くエアマックスが誕生した。

「AIR VAPORMAX エア ヴェイパーマックス」である。 「AIR MAX 97 エア マックス97」で、エアバッグがソール全体へと拡大された「フルレングスエア」を実現していたが、ヴェイパーマックスではさらなるハイテクノロジーが具現化されていた。

もはやエアそのものがソールとなっていたのである。

「AIR VAPORMAX」(2017)。エアユニットそのものがソールとなったビジュアルは脚光を浴びた

最大容量のエアを搭載する宿命のもと7年の歳月を費やし誕生したというこのモデルは、エア マックスの正統なDNAを受け継ぐモデルである。だが正統でありながら、アッパーとエアユニットをダイレクトにつなぐ新技術によって、より直接的にエアが走行をサポートする構造が確立され、ナイキの進化は、新たなフェーズへと突入したのだ。

そして2019年デリバリーの「AIR MAX 720 エアマックス720」で、エア容量はさらにマキシマムとなる。機能性むき出しの大容量「フルレングスビジブルエアソール」のヒール部分の高さは38mmにまで達している。まるでエアの上にいるかのような奇跡的な履き心地に加え、斬新さの極みとでもいうべきルックスは、まさにナイキのテクノロジーの粋を集めたハイエンドモデルと呼ぶにふさわしい。

「AIR MAX 720」(2019)。720とは、エアソールのあまりのボリュームから縦横360度、つまり全方位720度から視認できることに由来

冒頭でも述べたようにナイキにとって進化は、いわば「意思」である。よってナイキの軌跡は、進化の歴史ともいえる。他のスポーツシューズメーカーが進化していないわけではない。ただナイキの進化が圧倒的なまでにずば抜けているのだ。あるいはイノベーティブなテクノロジーとデザインを高次元で融合させ具現化させようとする終わりなき進化への覚悟が、きわめて強固なのかもしれない。

1:「AIR VAPORMAX」(2017)
2:「AIR MAX 270」(2018)。発売当時、高さ32mmのヒール ユニットは過去最厚
3:「REACT ELEMENT 55」(2018)。柔軟性と弾力性、軽量性と耐久性を備えた「リアクト」ソールを搭載し話題になった
4:「REACT ELEMENT 87」(2018)。リアクトソールに加え、スケルトン仕様のアッパーが斬新
5:「HYPER ADAPT 1.0」(2019)
6:「AIR MAX 720」(2019)

ミライのキセキ。

2015年という年は、ナイキという企業にとっても、スニーカーヘッズたちにとってもある意味「特別な年」であったに違いない。

ナイキ初のバスケットボール用シューズのひとつが1973年登場の「BRUIN ブルイン」である。このモデルは1985年公開の映画『Back to the Future (BTTF) バックトゥザフューチャー』でマイケル・J・フォックス演じる主人公が普段履きするスニーカーとして使用されたことでも有名となった。

1973年登場「BRUIN」のオリジナル

『BTTF』は、公開年と同じ1985年を起点に過去・現在・未来をタイムマシンで行き来するSF映画の3部作である。1989年公開の『BTTF パートⅡ』では、1985年から30年後の未来である2015年が舞台となっており、当時の制作陣が思い描いた未来が映像化されている。宙に浮くホバーボードやサメが飛び出す映画『JAWS part19 ジョーズ19』、空飛ぶ車など、いま観ても我々をワクワクさせてくれる未来がスクリーンの中にあった。なかでも観る者にひと際インパクトを残したのが、主人公が先述のブルインから履き替えるナイキのハイカットスニーカー。自動でシューレースがしまるという機能に、観客は大いなる未来を感じたのだ。

月日は流れ、時代は『BTTF パートⅡ』が描いた未来の2015年に追いついてしまった。実際には宙に浮くホバーボードも空飛ぶ車も現実味はまだまだ。『ジョーズ』の続編は3つしか制作されていない。しかしナイキは違った。自動で締め付け具合を調整する「パワーレース」という機能を搭載した劇中のデザインそのままの未来のスニーカー、「NIKE MAG ナイキ マグ」をつくりあげたのである。

2015年10月21日、『BTTF パートⅡ』で1985年からタイムトラベルした30年後の未来のその日、完成したナイキ マグの1足目は主演のマイケル・J・フォックスに贈られた。いかにもナイキらしい粋なはからいであり、実にドラマチックなエピソードである。

そして翌2016年には、『BTTF パートⅡ』が公開された1989年にちなみ世界限定89足ではあったが、チャリティー抽選とオークションという形式で販売。過去のSF映画で描かれた未来のシューズを実現化させてしまったナイキの心意気には感服だ。

Photo by: Nicholas Hunt/MJF2016 via Getty Images
現実に製品化された「NIKE MAG」(2015)。デザインは、伝説のデザイナー ティンカー・ハットフィールド。

しかしナイキはなにも、ナイキ マグを現実化させるためだけにパワーレースの技術を開発したのではない。

2017年に「E.A.R.L. = Electric Adaptable Reaction Lacing」と呼ばれる自動シューレース調整システムを搭載した汎用シューズ「HYPER ADAPT 1.0 ハイパーアダプト1.0」を、2019年にはバスケットボール用の「ADAPT BB アダプトBB」を一般販売し、しっかりとユーザのための市販モデルにパワーレースを応用した技術を搭載したのだ。

およそ30年前にSF映画が描いた物語の中の未来がリアルな存在として今ここにある事実。それはナイキの起こした奇跡だ。

「ADAPT BB アダプトBB」(2019)。内臓のモーターとワイヤーによりユーザーの足に合わせ自動で最適なフィット感を実現する

1988年に誕生したナイキのスローガンがある。

“JUST DO IT”

ともすれば世界で最も有名かもしれないこのフレーズは、もちろんスポーツに励むアスリートを鼓舞するためのメッセージである。しかし、その言葉の最たる理解者であり実践者は、ナイキという企業、またはそこに集う者たちに思えてならない。

ときにナイキのアーカイブの数々に私たちは何を感じとるのだろうか。

イノベーション(革新)、またはエボリューション(進化)、あるいはレボリューション(革命)。 どれもがあてはまるけれど、きっとそれだけではない。

エンドユーザーである我々は、ナイキが製品としてアウトプットしたスポーツシューズまたはスニーカーのヴィジュアルにいちいち痺れ、財布と相談しながらもなんとか入手し、足を通して頬を緩める。特に男性陣には、多かれ少なかれそんな経験はあるもので、幾度も繰り返している方も少なくないだろう。

なぜか。

ひとつの製品の構想から完成にいたるまでには、試行錯誤や技術的ハードルといった計り知れない困難があったはずだ。その困難のひとつひとつに真摯に向き合い、乗り越えてゆくプロセスには必ず「物語」が満ちている。その物語をナイキみずからが語るか否かは別としても、ナイキのつくりだす製品の圧倒的な存在感から我々はそこはかとない物語性を感じとる。これまでのアーカイブはもちろんこと、これから生まれくるものからもきっと。

それがひとつの答えだろう。

創業以来ナイキのつくりだしてきた製品は、奇跡的なほどにドラマチックだ。

ゆえに我々は、あらがえないほどにナイキの奇跡と軌跡に歓喜する。

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