FASHION

愛すべき“ヘビーデューティー”な傑作アウター【米国編】

流行に左右されない、実用的なリアルクローズ。先の【英国編】でそう定義した“ヘビーデューティー”は、アメリカにおいてもしっかり息づいている。むしろ、いわゆるアメカジとは普遍的で実用性のあるタフなスタイルを指す場合がほとんどだ。今の日本のファッションがアメカジの流れを汲んでいると考えるならば、アメリカ的なヘビーデューティーは我々に組み込まれた遺伝子的要素ともいえよう。

そんなアメリカのリアルクローズのなかでも、特にアウターには傑作が多い。それらは、歴史や本来的な意味を知らずとも自然とワードローブに並ぶほど身近な存在だ。しかしバックボーンを認識することで、持ち前のタフネスは説得力を帯び、愛着は信頼に変わっていく。まるで、なにか新しい力が宿るかのように。

では早速、米国版ヘビーデューティーの原点を探す旅に出かけよう。4つの代表的なブランドに案内を頼めば、道に迷うことはないはずだ。

妥協なき開拓者の魂を宿す、
最上のクオリティ。
〈FILSON フィルソン〉

ゴールドラッシュ。アメリカの歴史を語るうえで外せないこの現象は、実は複数回起こっている。〈FILSON フィルソン〉がシアトルで誕生したのは1897年。当時は一攫千金を夢見る開拓者が多数存在した時代であり、実際に1900年代初頭にもゴールドラッシュは繰り返された。

とはいえ大金を得るにはラクが禁物なのは、今も昔も変わらない。というより当時は、さらに過酷な環境が待ち構えていた。交通手段は限られ、旅をするのも命がけ。川の中の砂金を取り出すのは並大抵の体力では立ち行かず、普通の服はボロ雑巾のように廃れてしまうのだ。そんななかで救いの手を差し伸べたのが、フィルソンをはじめとするタフウェアブランドだった。

劣悪な作業現場に耐えうる服。そこには、創業者クリントン・C・フィルソンの「どうせ持つなら最上のものを」という信念が宿る。選び抜かれた素材を使い、一切の妥協のない設計・縫製で生産。特にウールへのこだわりは特筆で、原毛の刈り取りから仕上げまでに2年以上をかけるそうだ。その圧倒的クォリティは多くの労働者の支持を得て、フィルソン=信頼と定義されるほどであったらしい。

現在では、ハンターや冒険家、森林警備隊、はたまた米国陸・空軍用のウェアとしても愛されるフィルソン。高い耐久性と品質をひたすらに追求した彼らの姿勢は、ある意味で最も開拓者的なのかもしれない。

オーセンティックなアメリカの
記念碑的1着。

そんなフィルソンを代表するアイテムが、「MACKINAW WOOL CRUISER JACKET マッキノーウールクルーザージャケット」だ。マッキノーウールとはオレゴン州産の上質ウールを指し、湿気を吸収しても重くならず寒くもならない機能性を誇る。前述の通り、ウールに尋常ならざる愛情を注ぐ同ブランドだからこそ作り得た最高傑作だ。その製造方法は、1914年に特許を取得するほど極めて画期的なものだった。

〈FILSON〉の代表アイテムといえば「MACKINAW WOOL CRUISER JACKET 」

しかし人気が高いゆえの不運だろうか、特許の期限切れを見計らうかのように他ブランドが模倣品を製作。そこで“開拓者”たるフィルソンはすぐさま次の一手を打つ。1931年、工場の移転に伴って生産方法を見直し、1人の人間が1つのアイテムを最後まで責任を持って仕上げる方式を採用。信頼性で差別化を図り、さらなる成功を手にしたのだ。

背面に配された大型ポケットも特徴的。左右どちらからでもアクセスでき、利便性は抜群。

森の中での視認性に優れる赤.黒のバッファローチェック。そのオーセンティックなビジュアルは、発表当時とほぼ変わらない。1ヤードで24オンスの重量を持つバージンウールを使う点も不変だ。まさしく、ヘビーデューティーな魅力を孕むアメリカの記念碑的1着である。

ふたりのバックパッカーが生んだ、
画期的な“ハイテク”。
〈SIERRA DESIGNS シエラデザイン〉

フィルソンの服はいわば、厳選された天然素材を使った古き良きアウトドアウェア。時代を経て、それとは異なるアプローチでアウトドアの歴史を変えたブランドが生まれる。その名は〈SIERRA DESIGNS シエラデザイン〉。カリフォルニア州・バークレーのショップで出会ったふたりのバックパッカー、ジョージ・マークスとボブ・スワンソンによって1965年に創業されたが、その経緯が興味深い。

ヒッピーカルチャーに憧れを抱くふたりが交わったショップ「スキーハット」は、もっぱらアウトドア用品を取り扱っており当時からオリジナルアイテムを販売。顧客からは修理の相談もあったというから、かなり名の知れた専門店だったに違いない。その製造部門で働くふたりは、みるみる技術を磨いていく。一方で、持ち前の探究心から多くのアイデアを提案したのだそうだ。しかしオーナーにことごとく突き返され、意志が固まる。わずかな資金を元手に店を飛び出し、小さなロフト付きの倉庫を改造した工房で大きな夢を追いかけていくのだ。

そして独立からわずか数年後、ふたりのユニークな発想が結果として結びつく。現在もブランドのアイコンとなっている「60/40クロス」を発表。横糸に綿を60%、縦糸にナイロンを40%の比率で織り上げられた生地は、柔らかい風合いと撥水性を兼ね備えた当代きっての“ハイテク”であった。

細部にまで機能性を備えた
マウンテンパーカの祖。

今なお「ロクヨンクロス」という呼び名で親しまれている同素材を乗せたマスターピースが、「MOUNTAIN PARKAマウンテンパーカ」だろう。オリジナルは1968年に登場。近頃は毎年のように新素材を使った新作がリリースされ、街での市民権を得て久しい“マウンパ”だが、元祖は紛れもなくシエラデザインの1着にあると言える。

〈SIERRA DESIGNS〉が生んだマスターピース「MOUNTAIN PARKA」

耐久と撥水に秀でるのはもちろん、その実用性は細部にも散見する。巻き縫いを採用することで雨風の侵入を防ぎ、大きめのファスナーは手袋をした状態でも容易に開閉可能。ラグランスリーブは脱ぎ着がしやすく、フードコードにはストッパーとして通称“レザークッキー”が備えられている。極めつけは、背部に配されたマップポケットだ。文字通り地図を入れるポケットだが、地図だけでなく新聞紙などを入れて防寒対策として機能させることを想定するのだから恐れ入る。

新聞紙などを入れることで防寒性を高めることもできる背部のマップポケット 。

なお、シエラデザインのマウンテンパーカはその完成度の高さから、政府推奨のお墨付きをいただいていたそう。これが全米でのアウトドアブームにつながり、日本にも“アメカジ”の代表として輸入されたようだ。

アメリカ的スポーツシーンにおける
必需品。
〈GOLDEN BEAR ゴールデンベアー〉

当然ながら、山や川などの過酷な自然環境に耐えるアイテムだけがヘビーデューティーなわけではない。例えばスポーツウェア。前回の英国編では、乗馬をルーツの一部とするゴム引きコートや、バイクレースにリンクするライダーズジャケットを取り上げた。では、米国におけるヘビーデューティーなスポーツウェアとは。真っ先に挙げられるのは、やはり「STADIUM JUMPER スタジアムジャンパー=スタジャン」ではないだろうか。野球やアメフトのベンチウェアをルーツとするそれらは、アメリカ的スポーツシーンには欠かせないものだ。

そしてスポーツの国アメリカが誇るスタジャンの老舗といえば、〈GOLDEN BEAR ゴールデンベアー〉で間違いない。およそ100年前、1922年にスタートを切った同ブランドは〈GB SPORTS ジービースポーツ〉と名前を変えた現在も、サンフランシスコの自社工場での生産を貫いているのだ。

アイコニックなレトロスポーツ顔は、
今また新鮮。

上質なメルトンボディに柔らかなカウハイドレザーの袖を取り付けたアイコニックなスタイルは、耐久性と動きやすさを両立。キルティングの裏地は袖先までカバーし、優れた防寒性を約束する。持ち前のレトロスポーツなテイストは昨今のトレンドともマッチし、多くのブランドやショップと手を組み別注モデルが作り出されている。

〈GB SPORTS〉=旧〈GOLDEN BEAR〉の「STADIUM JUMPER」

日本人の生活にも寄り添うスタジャンだが、実はこれは和製英語といわれており、本国アメリカでは、様々な呼び名が存在する。ある時は「VERSITY JACKET ヴァーシティジャケット」、またある時は「AWARD JACKET アワードジャケット」とも表記されるが、それらはすべて同じアイテムを指す。ヴァーシティとは英語で「(大学などの)代表チーム」を示す言葉。そうした選手たちに与えられたジャケットが、ネーミングの由来となった。アワードも英語の「(人に賞などを)与える、授与する」または「賞、賞金」が意味を表し、スポーツで活躍した選手らに贈られる上着から呼び名が生まれた。

アメリカの名門「ハーバード大学」の刺繍やワッペンがボディを彩ってい る。

時空を超えて蘇る、
奇跡のカウボーイウェア。
〈Rocky Mountain Featherbed
ロッキーマウンテンフェザーベッド〉

もうひとつ、実にアメリカ的なヘビーデューティーのベクトルがある。踵の高いブーツを履き、つばの広いハットをかぶり、暴れ馬を手なづけて逃げる家畜を追い回す。そんなイメージで語られる、ネイティブアメリカンともゆかりの深い存在。そう、カウボーイだ。タフな男たちを支えるのは、やはりタフな服でなければならない。

1960年代後半に産声を上げた〈Rocky Mountain Featherbed ロッキーマウンテンフェザーベッド〉は、その最たる存在として知られる。ブランドの全てを物語るかのような名品が、継ぎ目のない一枚革のウエスタンヨークを備えた「DOWN VESTダウンベスト」。

〈Rocky Mountain Featherbed〉のアイコン「DOWN VEST」

ネイティブアメリカンが愛用したレザーケープをもとに開発され、まるでフェザーベッド(羽毛布団)のような防寒性、保温性を担保した。また1974年当時、最高峰のハイテクマテリアルだったゴアテックスを真っ先にボディ素材へと応用。アメリカらしい進取の姿勢、チャレンジングスピリッツを見せたことも、このブランドの評価を上げる一因だろう。

時空を超えた、
ヘビーデューティーでこその復活劇。

しかし1980年代後半、突如としてブランドの灯が消える。まさかの消滅。その悲運を嘆き、動き出す男がいた。しかも、アメリカから遠く離れた日本に。ヴィンテージアイテムに造詣が深く、同ブランドの熱心な収集家でもあった寺本欣児が、20年の歳月をかけて研究と試作を重ねてブランドの復活を目指したのだ。

レザーヨークとナイロンのクラシックなコンビネーションが見事に再現されている。

現在のロッキーマウンテンフェザーベッドは、彼が2005年に作り上げた第二章を歩んでいる。これは、時代と国境を超えて愛されるヘビデュティーウェアだからこその、奇跡の物語とも言えるはずだ。

発祥国を問わず、我々を魅了してやまないヘビーデューティーなアウター。それらは確かなバックボーンを秘め、ゆえにタイムレスな価値を持つ。しかし今、街をふと眺めてみると、洒落者がこぞってタフなリアルクローズを着用しているではないか。

多様化する現代において、トレンドを追わないことがトレンドとなる。そんなパラドックスもまた、ファッションが持つ醍醐味のひとつ。来たる冬、やはりヘビーデューティーなアウターを手に取らずにはいられないのである。

【英国編】はこちら

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掲載商品は、代表的な商品例です。入れ違いにより販売が終了している場合があります。
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