魅惑のユーロヴィンテージの世界。 いまが狙い目、フレンチワークの魅力とは?定番人気【ジャケット】篇
本物の魅力は時代を経てなお色褪せないばかりか、さらなる付加価値まで備える。不可逆。減ることはあってももう増えない必然的事実が、プレミアムな高揚を呼び込むのだ。
さて、本稿の題目はユーロヴィンテージ。なかでも人気かつ希少な、フレンチワークにフォーカスする。タフネスとエスプリを内包した、ハタラクヒトのための服。そう、まさにいまの気分じゃないか。
洗練と実用が入り混じる、
懐の深いフレンチワーク
早速フレンチワークのアイコンを紹介したところだが、その前に少々のお約束にお付き合いを。知識欲を刺激する“そもそも論”から始めたい。
まずは大前提となるユーロヴィンテージについて。USモノに対して欧州のヴィンテージをそう呼ぶのは、読んで字の如く明快であろう。ただし昨今注目度が増す狭義のそれにおいては、19世紀(1845年頃)以降にヨーロッパ圏で製作されたアイテムを総称するようだ。
なお、アメリカのヴィンテージとは異なり絶対量が少ないため、いわば“バイヤー泣かせ”の側面も。買い付けルートの開拓などの困難さも相まって、年々その価値を高めている。
では、フレンチワークとはいかなるものか。こちらも単純、文字通りフランスで使用されていたワークウェアを指す。もっともメジャーなモデルとしてはジャケットやコートが挙げられるが、それ以外のすべてのワークウェアもフレンチワークと呼んで差し支えない。
ワークウェアゆえに、関連する職種も様々だ。消防士を守ったファイヤーマンジャケット、芸術家が纏ったアトリエコート、漁師が好んだフィッシャーマンスモックやバスクシャツ……。バリエーションは多岐に渡り、戦場で働く兵士のための服と定義するならば、ミリタリーウェアですらワークの範疇に収まってしまう。
とはいえユーロミリタリーというカテゴリーも、現在のファッション界で一時代を築いているのも事実。〈MAISON MARGIELA メゾン マルジェラ〉の“裏返し”でも知られるフレンチミリタリーパンツ「M-47」、多くのメゾンがリメイクする「ジャーマントレーナー」などはその代表格。となればユーロヴィンテージのなかでも、ワークとミリタリーは分けて考えるべきであろう。
(→「アメリカンワークスタイル」に関する特集記事はこちら」)
フレンチワークの魅力①
フランス版ワークウェアを代表する、
炭鉱夫のための服
「フレンチワークジャケット」
ということで、フレンチワークの代表作を紐解いていく。先頭を飾るのは、美しいインクブルーで彩られた「フレンチワークジャケット」。数ある仲間のなかでも大定番とも言うべき、主に鉱山で働く炭鉱夫が着用していた一着だ。
フレンチワークの代表的名作。1913年にフランスのブルターニュで創業した〈LE MONT ST MICHEL ル・モン・サン=ミシェル〉によるもの。
出自を代弁するように、生地には過酷な仕事作業にも耐えうるモールスキンが使われる。横繻子織(よこしゅすおり)という技法によって細い糸を高密度に詰め、丈夫かつしなやかな特性と絹のような光沢を両立するこの生地。質感と見た目、または地下に潜る採掘風景から、モグラ「mole」の肌「skin」と名付けられたというからさらに趣深い。
生地以外のディテールにも、深堀りすべきポイントが豊富だ。やや大きな首回りと丸みを帯びた襟は、その意図は不明ながら特徴的な意匠のひとつ。接触する首との隙間を鑑みれば、襟の煩わしさを解消する手立てのひとつ、もしくは汗を拭くタオルなどを挟み込むためのギミックだったのかもしれない。


胸元裏側のポケットにはブランドタグの姿も。タグには、ブランド名の由来であるフランスの世界遺産「モン・サン=ミシェル」が描かれる。
胸元のポケットにも注目。表側に縫い付けられたのは、いわゆる一般的なパッチポケット、ではない。上部に当て布を重ね、しっかりと補強されているのだ。ポケット上を走る水平なラインは、単なる見た目上の装飾ではないのである。
右胸の表側にはポケットがない代わりに、裏側に隠しポケットを装備。あくまで実用に基づいたディテールが、心地よいリズム感あるルックスにつながる。まさにワークウェアの面目躍如だ。


湾曲した襟周りや熱くなりにくいボタンなど、着用シーンに寄り添うディテールもポイントに。
さらに細かい特徴となるが、袖とボディの中央に付くボタンにも確たるポリシーが。アメリカ古着によく見られるメタル製ボタンとは異なり、樹脂製が採用されている。これはアメリカのワークジャケットが金の発掘現場での作業を想定するのに対し、ヨーロッパのベースが火を扱う炭鉱作業であったため。ゆえにフレンチワークジャケットのボタンは樹脂製の他にも、骨や木など熱くなりにくい素材が使われている。
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フレンチワークの魅力②
唯一無二の存在感を放つ
フェードしたモールスキン生地
お次も、モールスキン製のフレンチワークジャケット。ただし一目瞭然、見事な色落ちが圧巻の存在感を放っている。デザインコードが確立された同ジャンルにおいて、着古すことで生まれるフェード感は無二のハイライトとなるのだ。
フェード感が独特な表情を生む、モールスキン生地のフレンチワークジャケット。
実は今作、ブランドこそ違えど作られた製造年代は先に紹介したインクブルーの一着と同様。1940年頃に作られたモデルとされる。着用条件により、驚くほど豊かな色落ちを見せるモールスキン。ヴィンテージデニムにも引けを取らない堂々とした経年変化には、驚きを禁じ得ない。

タグには〈Le Favori ル‧ファボリ〉のネームが。1940年代から多くのワークウェアを輩出したフランスの老舗だ。
ちなみに、1950年代に入るとコットンツイルやヘリンボーンツイルといった生地が台頭。炭鉱事業が退廃したばかりか第二次世界大戦という不運も重なり、手間と特別な織り機を必要とするモールスキンはシーンから姿を消していく。

重ねて見れば一目瞭然。モールスキンの美しき経年変化は、デニムのそれにも負けず劣らず。
すなわち、エイジングが味わえるモールスキン製のフレンチワークジャケットは今後さらなる枯渇が予想される絶滅危惧種。ぜひリユースマーケットにて、運命の出会いを遂げてほしい。
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フレンチワークの魅力③
価値あるブラックを纏うレアモデル
またしてもフレンチワークジャケットだが、纏うのは漆黒。インクブルーを定番とするならば、より生産数の少ない亜流に位置するブラックカラーのジャケットである
同じくモールスキン生地を使いながら、黒を纏うことでひと味違う見た目を手にしたフレンチワークジャケット。
もとより青は、フレンチワークジャケットにとって特別な色とされてきたフシがある。何を隠そう、ブルーはフランスのナショナルカラーなのだ。日本人が赤と白に帰属意識を覚えるのと同じく、フランスの炭鉱夫たちが青に親近感を覚えても不思議ではないだろう。
一方で黒は、油を使った作業時に汚れが目立たないカラーとしてピンポイントに製造されたとの説も。いずれにせよ真偽は過去のみぞ知る。そのミステリアスさも、ヴィンテージのアジに違いない。


色落ちした肩口にも貫禄が。ブランド名の〈LE LABOUREUR ル・ラブルール〉は、フランス語で農夫を意味する。
閑話休題。本作は、1956年にフランスのディゴアンで創業した〈LE LABOUREUR ル・ラブルール〉によるもの。近年は〈COMME des GARÇONS コム デ ギャルソン〉とのコラボレーションでも話題をさらう、現存するフランス最古のワークブランドによる傑作だ。


色味はもちろん、厳密にはディテールだって三者三様。好みのモールスキンを選んでみては。
御多分に洩れず、デザインコードは普遍的。全体を見渡しても、これまでに紹介したフレンチワークジャケットと大差は見受けられない。ただ一点、襟元には些細な違いが。やや縦長にデザインされた襟の先端が、ボディに縫い付けられているのだ。この狙いについては、現在のところ不明。ただの仮留めのようにも思えるが、果たして……。
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フレンチワークの魅力④
ワークジャケットなのに
フォーマルな雰囲気を醸す
テーラード仕様
ワークウェアと聞くと、どこか粗野で野暮ったいイメージを抱きがち。その点で、このフレンチワークジャケットは他と一線を画す。ラペル(下襟)のついたテーラードデザインで、折り目正しく品ある佇まいを実現したレアモデルである。
3Bボタンのラペル付きフレンチワークジャケットは、実に小粋な佇まい。
上襟との縫い合わせ部分のゴージラインが直線的に伸び、切り込みに当たるノッチ部分が三角形のように見える。いわゆるノッチド・ラペルを採用するものの、上下とも襟の幅が太い作りがユニークだ。


手掛けたのは〈Adolphe Lafont アドルフ・ラフォン〉。前出の〈LE MONT ST MICHEL ル・モンサンミッシェル〉と並び、三大フレンチワークブランドのひとつに数えられる。
両サイドには大ぶりなパッチポケットが備えられ、その大きさは握り拳が余裕で収まるほど。フラップのない気軽さと安心感のある大容量は、ワークウェアに求められる機能性を的確に捉えた仕様と言えそうだ。ポケットの縁に施された丸みを帯びたカッティングは、どこか優しげな印象も放つ。


大きなポケットやシルエットを美しく見せるダーツなど、花も実もある仕掛けが充実。
上品な印象を形作る細かいディテールは、ポケット上部にも見受けられる。よく見るとダーツが設けられ、ジャケットそのものを立体的に見せるとともに胸回りのダブつき解消に一役買ってくれる。
そのダーツ、実は背面にも配置される。マルタンガル仕様と呼ばれる縫い付けられたウエストベルトの上部にも備えられ、バックシャンにもメリハリを生むのだ。
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フレンチワークの魅力⑤
ロング丈が特徴の、
芸術家のためのアイコンウェア
【ジャケット】篇と銘打ってお届けしている本稿だが、ここからはやや趣向を変えて。着丈の長いコートにも着目してフレンチワークの真髄に迫っていきたい。
エイジングしたライトブルーが清々しいこちらは、通称「アトリエコート」。フレンチワークジャケットと同じくワークウェアの一種だが、本作は主に芸術家や美術学生、教員などの学校関係者がアトリエで着ていた作業着だ。
着丈の長いアトリエコートも、フレンチワークにおけるマスターピースのひとつ。
往年、絵を描く際は正装で臨むのが通例とされていた。そこで、服が汚れないようにアウターを羽織る必要があったのだ。そんな誕生の経緯を考慮すれば、アトリエコートが持つ気品あるラペルデザインにも納得がいく。

無造作に飛んだペンキ跡が歴史を物語る。と同時に、当時の様子を想像する楽しみも与えてくれる。
写真のモデルは残念ながらタグが欠損しているため、ブランドは不明。それでも、ヴィンテージならではの味わい深い表情は見て取れる。例えば、袖口に付いたリアルなペンキ跡。着用過程で刻まれた芸術家の副産物は、まさに勲章というべきもの。当時描いていた作品を想像するなど、現代で着る人の楽しみをさらに広げてくれる。


縦長のポケットや背面のスリットなどは、芸術家が求める機能性の表れ。
アトリエコート独特のディテールは、ポケットとスリットにも散見される。前者は筆やハサミなどの必需品を悠々と収めるために縦長に設計。後者は足を開いた際の可動域の確保に貢献する。
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フレンチワークの魅力⑥
トロンプ・ルイユ(だまし絵)的な
通称を持つアートな一着
最後に紹介するのは、“非ブルー”のアトリエコート。色だけでなく素材も異なるこの通称「ブラックシャンブレー アトリエコート」も、忘れてはならないフレンチワークの巨匠である。

「ブラックシャンブレーアトリエコート」という通り名を持つものの、そこには少々の矛盾が……。
ただし、一点ご注意を。シャンブレーという呼び名には、大きな罠が隠されている。実はこの生地は縦糸に色糸、横糸に白糸を用いた平織りのシャンブレーではなく、真反対の綾織り生地であるダンガリーが使われているのだ。
つまり、本作は縦糸に白糸、横糸に色糸を使う。そのうえで、黒い横糸を採用したことからブラックシャンブレーと呼ばれるようになった。特徴的なルックスからごま塩やソルト&ペッパーという愛称でも親しまれるが、なぜ通称にシャンブレーという言葉が付くのかは、いまも明らかになっていない。


ブランドタグの横には数字が刻印されたメタルプレートが。フランス国旗のようにも見えるが、詳細は不明。
先ほど紹介したモデルとは違い、本作にはタグが現存。1845年にフランスのリールで立ち上げられた〈AU MOLINEL オウモリネル〉が作ったコートであることが確認できる。
リールの旧市街にある目貫通り「Rue de Molinel」に由来するブランドは、これまで紹介した〈LE MONT ST MICHEL ル・モンサンミッシェル〉〈Adolphe Lafont アドルフ・ラフォン〉と合わせて、三大フレンチワークブランドとも称される名家中の名家だ。


脇下の切り替えが動きやすさを担保。風合いの違う両者とも、アートとワークが見事に融合する。
素材の他に深追いすべきディテールとしては、脇下の仕掛けにポイントが。袖の縫い付けをやや脇からずらして縫製することで、腕の動かしやすさが担保されている。自らの腕で作品を形にする芸術家を助けたギミックは当然、いまを生きる我々にとってもありがたいもの。ノンストレスに装って、アール・ドゥ・ヴィーヴルを実感したい。
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ハードワーカーのためのユーロヴィンテージ、フレンチワーク。日々の暮らしに優しく寄り添った服は、希少性とシンプルデザインの優位性だけでなく、毎日を楽しく真剣に生きることの素晴らしさを伝えるかのよう。だからこそ、いまの我々の感性を揺らし、食指を動かすのに違いない。

