MIZUNO

ミズノ
HISTORY

世紀を超えた球児への情熱から、革新の波濤へ。日本のスポーツを創ったパイオニアの軌跡
1906 | OSAKA, JAPAN | Rihachi Mizuno, Rizo Mizuno

波を打つような独特の形状を持つミッドソール。相反するクッション性と安定性を両立させたそのメカニカルな構造美は、現代のストリートシーンにおいて、感度の高いスニーカー愛好家たちから熱狂的な支持を集めている。日本が世界に誇る総合スポーツメーカー〈MIZUNO ミズノ〉。近年、ファッションアイテムとしての人気を確固たるものにしているが、その重厚な歴史を紐解くと、まだスポーツという言葉すら定着していなかった明治時代に、人生を懸けて球技の普及に奔走したひとりの青年の情熱へと行き着く。

創業者である水野利八は、18歳であった1902年、京都の三高(現在の京都大学)で初めて野球の試合を目にする。白球を追いかける選手たちの躍動感に心を奪われた彼は、「この素晴らしい競技を日本中に広めたい」という強い使命感を抱いた。そして1906年、弟の利三と共に大阪で「水野兄弟商会」を創業。洋品雑貨や野球ボールの販売からスタートした小さな商店は、やがて自らの手で質の高いスポーツ用具を製造するというモノづくりへの探求へと舵を切る。運動着やグローブの開発、さらには国内初となる標準球の生産を通して、ミズノは日本のスポーツ黎明期を根底から支え、牽引していったのである。

長きにわたり国内のトップメーカーとして君臨した彼らが、世界という大海原へ本格的に挑むために生み出したのが、現在もブランドの象徴として輝く「RUNBIRD ランバード」ラインである。1980年代初頭、宇宙の惑星の軌道や、鳥が飛翔するスピード感からインスピレーションを得てデザインされたこのマークは、ミズノが単なる日本の老舗から、世界中のアスリートのパフォーマンスを支えるグローバルブランドへと飛躍する強力な推進力となった。

そして1997年、フットウェア開発における歴史的なイノベーションが誕生する。それが「MIZUNO WAVE ミズノウェーブ」である。ランニングなどの競技用シューズのソールにおいて、衝撃を吸収するための柔らかさ(クッション性)と、足のブレを防ぐための硬さ(安定性)は、本来相反する機能である。技術者たちは、波形のプレートをミッドソールに挟み込むという物理的なアプローチによって、この矛盾を見事に解決してみせた。さらにこのテクノロジーは飽くなき進化を続け、スポンジ材を極限まで削ぎ落とし、2枚の波形プレートで空洞を形成する「INFINITY WAVE インフィニティウエーブ」へと到達する。素材の劣化という弱点を克服し、半永久的なクッション性を追求したこの究極のメカニカル構造は、アスリートのパフォーマンスを最大化するとともに、その前衛的なルックスで現代のファッションシーンにおいても強烈な存在感を放っている。

世紀を超えて受け継がれてきた妥協なきクラフトマンシップと、競技のためのピュアな機能美。それらは今、世界中の気鋭デザイナーやブランドとのコラボレーションを経て、都市を闊歩するための定番スニーカーとして新たな命を吹き込まれている。一本のバットと白球に魅せられた青年の熱き情熱は、100年以上の時を経た現代においても、我々の足元で力強い波濤となって脈打ち続けているのである。

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