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プロスノーボーダー藤沼到さんが語る、
困難を乗り越えて気づいたスノーボードの魅力

ゲレンデを疾走する爽快感で人気のウインタースポーツといえば、スノーボード。「今年の冬こそ、挑戦してみたい!」そんな人も多いのではないでしょうか?そこで今回は、10代からスケートボードを始め、現在はプロスノーボーダー、イベントMCとして活躍する藤沼到さんに、スノーボードをはじめるきっかけ、その楽しさや活動を続ける上での困難など、さまざまなお話を伺いました。 (2018年3月27日作成)

夢を叶えるために臨んだ新潟・妙高への移住

スノーボードとの出会いについて教えてください。

10代前半から地元・宇都宮でスケートボードをずっと続けてきました。スケートボードはサーファーがオフトレーニングとして取り入れていることが多いのですが、僕のいた栃木は海なし県なので、どちらかというと周りにはスノーボードをやっている先輩が多かったんです。周りに影響されてスノーボードを続けて行く中で、新潟の妙高にあるウィンタースポーツの専門学校の存在を知りました。自分の中で、「一度自分が納得いくまで、横ノリスポーツをとことん極めてみたい!」という夢もあったので、迷わず進学したんです。

進学のために栃木から新潟へ移住し、本格的にスノーボードの世界へ入るきっかけになったんですね。

僕が通った妙高の「全日本ウインタースポーツ専門学校」では、当時、豊田貢さんという日本スケートボード界の伝説的な存在の方が、スノーボードのヘッドコーチをされていました。その豊田さんから、在学中にプロとして誘っていただいたことが自分の人生の大きな転機になりました。 とはいえ、そこに至るまでの最初の一年は、精神的にも肉体的にもとにかく基本から鍛えました。スノーボードに慣れ親しんだ人が多く通う学校の中で、自分は初心者からのスタートでしたから……。雪の多い土地からやってきた同級生たちの中で、なんとか「俺はスケートボードは中1からやっているし、横ノリのキャリアは負けていないはず……!」と自分を奮いたたせていました。

同級生と比べてハンデがあると感じつつも続けられた理由はなんだったのでしょう。やっぱりスケートボードのほうがいいと思うことはありませんでしたか?

妙高は雪深くて、環境的にもスケートボードができるような場所ではなかったので、スノーボードに集中せざるをえなかったのもあるかもしれません(笑)。でも、そもそも中高時代の自分は、勉強はもう全然できなくて、学校生活がダメダメだった。それでも妙高の専門学校へ進学させてくれた親のことを考えたら「自分はここで本気でやれなかったら、本当にだめだ!」と思っていました。 でもまだ知識も経験も少ないこともあって、しばらくは「絶対プロスノーボーダーになる!」と言い切れない自分がいたのも事実です。下手すぎて、将来の夢を言いたくても人前で言葉にできない。夢を語るべき場面があってもごまかしていましたね。でも内心ではずっと「何があっても本気で臨むし、プロになる!」と思っていました。「周りと同じだけの時間をスノーボードに費やせば、きっと誰よりも上手くなれるはずだ」と自分に思い込ませて、無理矢理ポジティブにふるまっていました……。

自分をとことん追い込む時期を経て、精神的に立て直した後に一気に実力が伸びた、と。本当に地道な努力の賜物ですね。

身体を鍛えることだったり、考える時間だったり、自分を高めるために費やした時間は長かったかもしれません。病的なほど考えていた時期には、生活の中のすべてのことがスノーボードにつながっていました。 先ほどもお話しましたが、コーチの豊田貢さんが声をかけてくださったことからプロへの一歩を踏み出すことになったんですが、まずは道具のサポートをしていただいて、その翌年にプロ資格を獲得して本格的に活動がスタートしました。

在学中にプロ資格を取ってから、スノーボーダーとしての本格的な活動がスタートしたんですね。

海外の大会に出たり、ニュージーランドでコーチとしてスノーボードを教えたり、雑誌の企画に出たり。環境にはとても恵まれていたと思います。ニュージーランドでお店をやっている方が現地の仕事を紹介してくれたり、後々スノーボード誌の編集長になられるような方が自分のライディングを撮影しようと声をかけてくれたりもしました。 そういう偶然の出会いが重なることで自分の露出もちょっとずつ増えていきました。自分ももちろん最大限の努力はしてきたつもりですが、やっぱり一番は、豊田貢さんという師匠と出会えたことが大きいですね。

つらいことがあってもスノーボードを好きでいつづけられた理由

そうして10年以上プロスノーボーダーとして活躍されてきましたが、2015年に大きなケガをされましたね。※2015年3月、大会中に歩行困難とも言われたほどの大怪我を負った

実はそれより前の2008年、ブランドを移籍する前にも、大会中に一度ケガをしたことがあるんです。ケガをしたあとも、「現場で成績を出しつづけてほしい」とチームの方が言ってくれたからこそ続けてこれました。とはいえ、プロになってからはずっと余裕がなく、出られる大会へ出る、頼まれてコーチをやる……という感じで、目の前にあるものだけをひたすらこなしていたかもしれません。 当時販売用のスノーボードDVDを作っていたムービープロダクション『INDRES FORMATION』から声をかけてもらって一緒に何かやろう、という動きも出ていました。そうやって、大会以外でもスノーボードがフィーチャーされ火がついている人がいることに気づいたのが、2015年の大ケガの直前頃。「もっと自分を広く世に出す必要もあるのかもしれない。もっと多くの人に自分の姿を見せるにはどうしたら」ということを考え始めていた時だったように思います。

そんなタイミングで、大ケガをしてしまった、と。

2015年3月15日、ずっと出させてもらっていた『AIR MIX SUPER SESSION』という超巨大スパインの大会中でした。スノーボードでは靭帯を切ることはよくあるのですが、僕の場合、靭帯3本プラス、半月板、腓骨、膝蓋腱を全部一気に切ってしまい。もう、ビルから落ちたような状態ですね。腱まで切ったので、歩行にも支障が出ました。なんとか手術でつないでもらった後、今もまだリハビリを続けています。

ケガの直後、ドクターからは「来シーズンはお休みだな」と言われたんですが、それがどうしても悔しかったので、結局翌年から滑ってしまいました。もちろん飛んだりはしませんが、今まで一緒に動いていたクリエイターたちと一緒に富士山を滑って。それは自分なりの、今後に対する意思表明だったのかもしれません。

辛い時期や大きなケガをしてもなお、スノーボードに携わっている理由はなんだと思いますか?

仕事としてのスノーボードは、純粋に「わーい! 楽しい!」だけではない瞬間がもちろんあります。たとえば、僕はケガをするまでは専門学生にも教えていたんですが、まったく休めず、自分の練習時間もほとんど取れていませんでした。最近、ケガをした後に痛感していることは、スノーボードに対する純粋な楽しさがよみがってきているということ。スノーボードをしながら“純粋に笑うことができる瞬間”が大好きだからこそ、ずっと続けてこれたんじゃないかと思います。 これはスノーボードもスケートボードも同じですが、ビギナーもエキスパートも同じ場所で練習するんですよね。そしてそこにいる全員が、自分の実力よりちょっと上の目標を達成しようと挑戦している。上級者がキメたすごい技はもちろんのこと、簡単かもしれないけどビギナーの人が初めてキメたものは、やっぱり同じように全員が心から喜ぶ。そうやって、レベルは全然違う人同士でも同じ場でひとつになって喜びが生まれるところが、スノーボードの最大の魅力なんじゃないかなと思うんです。

ケガをしたからこそ、原点の楽しさを思い出すことができたんですね。

建物を飛び越えるくらいの高さで跳び、それを写真に撮ってもらうのがこれまでの自分の役回りだと思っていたのですが、今は周りの人と一緒に滑ったり、指導したり、大会のMCとして参加したり、自分のできる範囲でもいいからスノーボードと携わっていきたいなと思っています。 もちろん、ケガをしてよかったとは言えないけれど、ケガをきっかけに異業種の人ともたくさん知り合えたのも事実なんです。リハビリで地元へ帰ったときには、スノーボード以外にも自転車やスラックラインなど他ジャンルで活躍されている方とのつながりもできました。また、リハビリ中はメンタル的に下がることもあるのですが、何かポジティブな変化があればと思い、中学校以来にギターを始めたことで、音楽を通じたつながりも広がりました。これまで目の前のことをこなすのに精一杯で、見えていなかった部分が広がった今はまさに転機だなと。楽しいと思うことの追求を、自分は一生続けていきたいんだと思います。

それでは最後に、今後考えている挑戦があれば教えてください!

自分のこれまでの体験を伝えていける、アウトプットの「場所」を作っていきたいという思いがあります。いろんな経験・つながりを持っている今の自分みたいな奴が、かつて地元の小さなコミュニティの中でスケートボードを続けていた自分の隣にもいてくれたら、きっともっと面白かっただろうなと思って。人は、できる人を見て学ぶし、できない人に自然と教えてあげるカルチャーがスケートボードにはあります。自分も身体がそういう遊び方になっているからこそ、それを強めたいですね。 スノーボードやスケートボードを始める若い人が徐々に減っているとも言われていますが、最初の思い出が「辛かった」「寒かった」「痛かった」「全然滑れなかった」じゃ、もちろん続かない。でも、転び方ひとつでも覚えたらぐっと楽しくなることってたくさんあります。その人の1日目に、自分が一緒に行けたら絶対に楽しませて続けさせられるっていう自信が、今の自分にはあるので。だから、入口の小さな辛さだけで終わらせない、その先にある「本当に楽しい」ことを伝えられる場所を作りたいですね。

初心者も上級者も同じ場所で喜びをわかちあえるのがスノーボードの魅力だと語ってくれた藤沼さん。ケガをしてもなお、さまざまなことに挑戦し続けようとする姿に、勇気をもらえたインタビューでした。そんなスノーボードの魅力に触れてみたいと思う方は、ぜひセカンドアウトドアへ!スノーボードやウェアなど、必要なグッズをすべてそろえることが可能です。来シーズンに向けてぜひチェックしてみてください。

INTERVIEW GUEST
  • 藤沼 到(ふじぬま いたる)

    クラシックスタイル全開の爆発的なビッグエアーを武器に数多くのタイトルを獲得。長年全日本ウィンタースポーツ専門学校で講師を続けた経験を活かしHow to本の監修&執筆全国放送TV番組での出演&監修海外キャンプでのコーチを経験するなど指導力にも定評がある。2015年3月、大会中に歩行困難とも言われた大怪我を負ってしまうが不撓不屈の精神で復帰。活動の場はとどまることを知らないスーパーマルチフリースタイラー。

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